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2018.10.14 Sunday

『ペトルス――謎のガンマン』   第17回

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    6月8日午前、州警察本部の会議室


     州警察本部で開かれた捜査会議の焦点は、スハルトノが殺されたのか、それとも自殺したのかという点だった。
    「では、鑑識結果から報告してもらいましょう。アフマド鑑識課長」
    司会役のライ警視が指名した。
    「スハルトノの体内から発見されたのは32口径の弾丸で、死体のそばにあったブローニングから発射されていた。同時に、その線条痕は瀬田沙代とスダルノの体内から発見された3発の弾丸のものと同一であることがわかった。スハルトノ、瀬田沙代、スダルノ、この3人の死はこの拳銃によるものである。スダルノの身体には銃弾による以外の傷はなかった。着衣にも皮膚にも物理的に争った痕跡はなかった。弾丸は至近距離からほぼ水平に発射されている。スハルトノの両手に硝煙反応が認められた。デスクの上のグラス、ミネラルウォーターの瓶、灰皿などからはスハルトノの指紋だけが検出された。室内にはクローク、引き出しなどに指紋の痕跡が見られた。これは以前の宿泊客たちが残した指紋だろう。スハルトノの消化器官から毒物の類は検出されなかった。スハルトノの胃から昼飯のミー・ゴレンがかなり未消化のままで発見された。食後30分以内に突然、死が訪れたようだ」
    「捜査員の聞き込みで、スハルトノは午後1時ごろ社員食堂でミー・ゴレンを食べて直ぐ705号室に行ったとの証言を得ている。したがってスハルトノが死んだ時刻は午後1時半前後と推測される」
    ライ警視が補足した。
    「次は室内。イ・クトゥット・コボ捜査主任」
    「まず、部屋のドアは施錠され、廊下側のドアのノブにはジャガン・ディガングのドア・ハンガーが掛けられていた。室内の見取り図と死体の位置は図の通りだ」
    「ありがとう、コボ捜査主任。次はホテルの従業員らからの事情聴取結果をデンパサール警察署のストポ捜査主任から」
    「まず、6月5日のスハルトノの行動から報告します。あの日、スハルトノは午前8時ごろ家を出て、タマン・サリに出勤したとスハルトノの妻が言っています。今日は早めに帰ってくる。晩飯は家で食べるから、何かうまい物をたのむ、と出がけに妻に言ったそうです。妻はちょっと奮発して、最近テレビの料理番組で見たマカッサル風魚の焙り焼きをつくろうと思っていたのに、と言って泣いておりました。スハルトノは8時半にはホテルに着いて、総支配人室で勤務を終えた夜勤の支配人代理から報告を受けたそうです。お昼までにかなりの数の電話に応対し、来客2人と面談しました。いずれも商用で応接室での短い対応でした。ホテルの幹部職員も3人ほどが総支配人室に現れました。それぞれの持ち場の人事管理の話だったということです。12時半に社員食堂へ行き、1時ごろ総支配人室から書類カバンを持ってフロントに行き、705号室のキーをもらってエレベーターで上ってゆきました。6月5日はあの階は客を入れないことになっていたそうです。客がそれほど多くなかったので、利用しないフロアに指定していたのだそうです。重要な案件について検討するので、急ぎのことでなければ電話をするな、と総支配人室の職員に言い残したそうです。総支配人室の職員の話では、スハルトノの態度は普段と変わりなかったということです」
    「スハルトノの私生活についてはなにか?」
    「ホテルの従業員に間でささやかれているうわさ話では、スハルトノは先月殺された日本人女性瀬田沙代と性的な関係があったといわれています。瀬田沙代は毎月1、2回タマン・サリに宿泊していました。そうした夜には、スハルトノが沙代の部屋に招かれて忍び入っていた。スハルトノが沙代の部屋に忍び足で入っていくのを廊下で目撃したというメイドもいた。沙代が殺された5月14日の朝には、ウブッドから沙代のガムランの師匠がタマン・サリに現れて、スハルトノを出せとしつこくフロントに言ったそうです。沙代との関係をネタにスハルトノはこの男に金銭をゆすられていたのではないかという推測を語る従業員もいた。スハルトノの妻は軍人時代の上司の娘だそうです。浮気がばれて、それが妻の父親でいまやタマン・サリの親会社の役員になっている元将軍の耳に入れば、将軍のご不快を買って、いつ総支配人のポストから降ろされるかもしれない」
    「ホテルに出入りした不審な人物はいなかったのか」
    ライ警視がたずねた。
    「方々あたっては見たが、そのような目撃証言は出てこなかった」
    ストポ捜査主任が答えた。
    「デンパサール署の捜査協力を感謝する。ごくろさまでした」
    スパルディ刑事部長が謝辞を述べた。
    「では、拳銃について。ワヤン・ブラタ刑事」
    「使われた32口径のブローニングは古い1910シリーズの1つだ。インドネシア軍もインドネシア警察も制式拳銃として採用したことはない。スハルトノは以前コプカムティブおよびバコルスタナスに勤務していたので、拳銃の入手は容易だったろうと考えられる」
    スハルトノは自殺したのか、殺されたのか。捜査会議の報告と事件の検討は午前9時ごろから始まり、正午近くまで続いた。日本人女性殺人事件と濃厚な関連があるので、スハルトノの死については、ライ警視の特捜チームが捜査を担当する。他の部局も関連事項に関して、求めがあれば協力を惜しまないように願いたい、とスパルディ刑事部長が言って会議が終わった。

     

      6月8日午後、刑事部長室

    「どうやら自殺の線が濃厚なんじゃないかな」
    ライ警視はスパルディ刑事部長のオフィスに呼び出された。ライ警視が部屋に入るやいなや、刑事部長が切り出した。
    「部長は自殺説ですか」
    ライ警視が言った。
    「これまでにわかったことを冷静に判断すれば、スハルトノの死は自殺以外には考えられないだろう」
    「そういう推論は当然です。ただ、スハルトノはあの日の朝、家を出るとき、今日は早く帰って家で晩飯を食べるので何かうまい物をつくってくれ、と妻に注文していました。少なくとも朝、家を出るとき、彼はその日の夕方には生きて家に帰るつもりだった。自殺する気はなかったのです。自殺用の拳銃に消音器を付けたという点もまったく腑に落ちません」
    「心静かな上品な死にざまをのぞんだのではないのかな」
    「そうかもしれません。ですが、『ジャガン・ディガング』のハンガーや消音器は、スハルトノの死体発見を遅らせるための工夫だとは考えられませんか。あの日の午後、時ならぬ乾季のにわか雨に足を取られてホテルの玄関で倒れた客がいなかったら、スハルトノの死体発見はもっと遅くなっていたでしょう」
    「死体発見が遅くなると何かいいことがあるのかね」
    スパルディ刑事部長が皮肉っぽく言った。
    「あの事件が他殺だとすれば、犯人は逃走のための時間がかせげます」
    「あの事件が自殺に見せかけた他殺だとすれば、犯人はなぜ消音器を残していったのだろうか。」
    「おっしゃるとおりです、スパルディ刑事部長。捜査の連中にもそうした見方をする者が多数派です。スハルトノは瀬田沙代との関係が妻に知れることを心配していた。それは自分の将来に大きく影響することだからだ。そのうえ同じように沙代と関係を持っているガムランの師匠のダルマワンが文句をふっかけてきた。5月13日にはスハルトノは瀬田沙代と会って話をしている。その夜、沙代の部屋でスハルトノは沙代と性交渉を持った可能性もある。そのあとで、沙代に別れ話を持ち出して沙代を怒らせ、思いあぐねて沙代をあの路地の近くに呼び出して、射殺した。オジェックのスダルノにそれを目撃されたので、スダルノを背後から撃った。致命傷かどうか自信がなかったので、とどめに頭部を撃った。そのあとで殺人犯として追われる自分の将来が不安になり、自分がやった殺人におののくようになった」
    「話の流れとしてはそれがごく自然だな」
    スパルディ刑事部長がおうように言った。
    「ですが、スハルトノから事情聴取したさい、自殺するほど追い詰められていたようには見えなかったのです」
    「そのあたりのことは、今後の捜査でわかってくるだろう。わかろうとする人に神はみしるしを示したもう――とはコーランの言葉ではなかったかな」
    スパルディ刑事部長が言った。
    「私はインドネシアでは少数派のバリのヒンドゥー教徒なもので、イスラムの真理には縁か薄くて。ですが、今の段階では自殺説の方が、あやふやな推測に過ぎない他殺説よりよほど説得力があることを認めざるをえません。他殺説の最大の問題点は、自殺に見せかけてスハルトノを殺す犯人の心当たりが、スハルトノの周辺に見あたらないことです。スハルトノに殺意を抱く可能性のある人物は、瀬田沙代と情を交わしていた師匠のグデ・ダルマワンと絵描きのバグス・チャンドラの2人でしょう。特にダルマワンについてはひどくスハルトノを憎んでいたようですからね。ですが、この2人には6月5日の午後、きちんとしたアリバイが証明されました。ダルマワンはあの日の午後、妻と水田に出て農作業をしていました。彼が妻と働いている姿は複数の人が目撃しています。また、スハルトノが殺されたと見られる午後1時から2時の間に、ダルマワンはお昼を食べに家に帰る途中、近所の人と出会ってしばらく雑談をしていました。一方、チャンドラですが、あの日は朝から夕方までアトリエで二人の弟子と商売用のバリ絵画の制作に余念がなかった。弟子がそう証言していますし、午後2時ごろはアトリエを訪れた近くの同業者と話をしている。この2人以外にスハルトノと瀬田沙代を殺しそうな人物はいまのところ浮かんでいません」
    「どうやら、結論が出たようだね」
    スパルディ刑事部長がにんまり笑って、話を続けた。
    「先日、うちの本部長がバリ州知事と会ったときに、まあこの2人ともスハルトが去ったあと、この先どうなるか……首を洗ってハビビ後継政権の人事待ちなのだが、知事が本部長にこんなことを言ったそうだ。アジア金融危機とスハルト政権崩壊にともなう動乱で、インドネシアの経済は大打撃を受けた。ここバリは観光が最大の産業だ。観光客は先月から潮が引くようにバリから消えていった。これから、なんとかしてツーリストを呼び戻さなくてはならない。なんといっても日本人とオーストラリア人が二大顧客だ。そういう時期に、日本女性の殺人事件がいつまでも未解決とあっては、バリは見た目ほど安全な所ではない、という風評を呼びかねない。私は懸念しているのだ、とね。去年だったかな、日本のツーリストがバリから帰国したあとコレラを発症したことがあった。バリは熱帯だからコレラ菌ぐらいいるさ。だがね、バリに長期滞在してゆっくりと休養する西洋人の客は滅多にコレラなど発症しない。ほとんど日本人と似たようなものを食っているにもかかわらずだ。団体旅行でバリにやってきて、着いた日の夜から大酒を飲み、翌日からキンタマニー、ブサキ、ウブッド、タナロット、ウルワツ、ビーチと、日差しの強い日中に休む間もなく動き回ってへとへとになった身体に、ちょっとでもコレラ菌が入ればひとたまりもなく発症するだろう。といって、うちの方から、日本人の旅行の仕方に問題があるとは言えないので、衛生管理を徹底すると約束して客を呼び戻すしかなかった。それと同じで、外国人が殺人事件の被害者になるのは、どこの国でもあることだ、他国の観光地に比べてバリがとりわけ危険なわけではないといってもはじまらない。事件の決着をつけて、日本のエージェントを安心させるしかないのだから、一つよろしくご尽力のほどを、と知事にいわれたんだ。本部長はその話を私に聞かせて、プレッシャーをかけてきた。しかし、どうやらこれで一件落着を見ることができそうだな」

     

     6月28日、デンパサールのライ警視の自宅
     バリ州警察本部は6月22日瀬田沙代ならびにスダルノ殺人事件の容疑者が自殺したスハルトノであることを発表した。続いて検察庁が被疑者死亡により不起訴処分にすると発表した。これで発生から1ヵ月あまりで事件が解決した。スハルト政権崩壊という政治動乱中の刑事事件処理としては鮮やかな処理だった。
    「しかし私としては納得がいかない結末なんだ」
    ライ警視が鷹石里志にぼやいた。
     隣家といっしょにバビ・グリン(子豚の丸焼き)をつくるので食べにおいで、とライ警視が鷹石を彼の家に招待した。隣家の家族と大騒ぎしながら子豚をあぶり、タレを塗ってはまたあぶり、ワイワイがやがやと肉片にかぶりつく。ジャワのムスリムが見たら顔を背けたくなるような饗宴だが、なにかまうもんか、ここはバリで、人口の9割がバリ人で、ヒンドゥー教徒だ。インドネシア全体では九割がムスリムで豚を嫌うが、バリでは9割の人が豚肉に寛容なのである。ひとしきり食ったあと、隣家の家族が残った料理の半分を持ち帰って、急に静かになった食卓でライ警視が鷹石に捜査のあらましを語り、その結論として、納得いかないとぼやいたのである。
    「しかしねえ、警視。スハルトノは自殺したのではなく他殺だと主張するには、わたしのような素人目にも、その裏付けになる証拠がないんだなあ。愛情のもつれが犯行の動機とするなら、ダルマワンとチャンドラしかいない。だが、かれらにはアリバイがあった。これは動かしがたい。スハルトノの死体のそばに拳銃があり、その拳銃は瀬田沙代とスダルノを撃ったものだった」
    「男女間のもつれで追いかけたのは、違う筋だったのかも知れない」
    ライ警視がこれまでの自分の捜査の筋を否定する言い方をした。
    「じゃあ、瀬田沙代殺しの動機は物盗りか。金ほしさの犯行か。動機が金なら、恰好の容疑者がいる。沙代の夫の瀬田誠だ。聞いたところでは瀬田沙代は金持の両親から生前贈与を受けて数十億円の資産を持っていたそうだ。その金は沙代が死んだ今では夫がそっくり遺産相続しているはずだ。数十億円という金は人によっては妻を殺すに十分な金額だ」
    ライ警視が真顔になって身を乗り出した。鷹石はニヤッと笑って話を続けた。
    「だが、私なら妻を殺さない。妻は数十億円の資産家だが、彼女の両親が死んだのちは、さらに遺産相続で沙代の資産は増えるはずだった。資産はおそらく現在の何倍にもふくれあがることだろう。妻を殺すのならその時だ。われわれのような貧乏人は瀬田誠が数十億の妻の遺産を相続したことで得をしたと考えるのだが、瀬田誠は妻の死によってうべかりし資産を失ったのだ。かれもまた、瀬田沙代殺人事件の被害者だったのだ」
    鷹石がライ警視に説明した。
     ライ警視は深いため気をついて、鷹石に言った。
    「捜査のあらましは久保田領事に手渡した。彼が翻訳して本省に送り、そこから瀬田沙代の家族に連絡がいくだろう。今日私が話したことを元にして、夫の瀬田氏とご両親の倉田夫妻にことの次第を説明してもらえるとありがたい。夫として、親として大変つらいおもいをされたわけだから、気持の整理になるようなお話をしてあげるのが、お経を読んだあんたに残された仕事だよ」
    「そうだね。過分な謝礼をもらったから、ついでに、その金であんたの言っていたチャンドラが描いた沙代の絵を買い取って、倉田夫妻に贈ってあげようと思う」
    鷹石がしんみりとした口調で言った。

     7月初旬、鷹石は仙台の倉田夫妻と、メキシコシティの瀬田誠あてに事件の決着について手紙を書いた。もちろん、瀬田沙代の男関係については愛情のもつれと簡単に説明した。ついでに、ウブッドに行ってイダ・バグス・チャンドラ画伯から沙代の肖像画を言い値の半額の千ドルで買い取って倉田夫妻に送った。メキシコの瀬田誠からは「事件の結末について詳細なお手紙をいただきました。ありがとうございました。バリ島は私にとってはなお悪夢の島です。メキシコでの仕事も軌道に乗り、最近ではもっぱらメキシコ暮らしで、ジャカルタに行くのも、2ヵ月に1度程度になりました」という返事を封書でもらった。倉田夫妻から「あの娘の絵を見ていると、娘が何かを訴えようとしているように見えてなりません」と封書で返事があった。

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