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2018.10.20 Saturday

『ぺトルス――謎のガンマン』   第18回

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     10月26日、鷹石里志の自宅
     インドネシアはかつて「赤道にかかるエメラルドの首飾り」といわれた。美しい南の海にばらまかれた万を超える島々からなる国だ。島々が散らばるインドネシア共和国の海域はアメリカ合衆国の国土に匹敵する広がりをもつ。
    インドネシアの首都ジャカルタの沖合のジャワ海にもプロウ・スリブ(千の島々)と名のいう小さな島々が、散らばっている。松尾芭蕉が「島々や千々にくだけて夏の海」と詠んだ松島沖の島々よりも広がりはひとまわり大きい。
     この珊瑚礁の島々が広がる海には、第2次世界大戦で日本がインドネシアを占領する以前、金子光晴が訪れていて、そこは「悲しい」までに美しい海だったと書き残している。エメラルド色の海に千々にくだけて散らばる珊瑚礁の島々は、たしかに美しいが、「悲しい」と金子が書いたのは、金子が妻の森三千代を彼女の愛人から取り戻そうとして、妻を連れて悲しい海外貧乏旅行に出たついでに、ここを訪れたからである。
     詩人金子光晴は小説家森三千代に子どもを生ませた。三千代はその子どもを置き去りにして、のちに高名な美術評論家になる若い男と同棲した。金子光晴は子どもを抱いてその男の家に行き、そこにいた三千代に、男をとるか、それとも子どもをとるか、とせまった。どこか貧乏じみた、それでいて自由気ままな恋愛ごっこ。金子光晴は森三千代とヨリをもどすために、子どもを森三千代の両親に預け、なけなしの金をはたいて彼女を海外旅行に連れ出した。
     鷹石はずいぶん昔、フィールドワークでジャカルタに住み着いたとき、プロウ・スリブに行ったことがあった。フィールドワーク開始にあたって意気軒昂だった当時の鷹石には、エメラルド色に輝く明るい海に見えた。やがて、金子光晴の『マレー蘭印紀行』をかかえて、金子光晴の旅をそっくりそのまま追体験しようと、どこか陰気な表情の日本の青年が東南アジアを旅行するようになった。青年たちは東南アジアにやってきて、東南アジアの今を見ようともせず、1930年前後の見聞にもとづいて詩人金子光晴の言葉がつむぎだした幻影の東南アジア島嶼部を彷徨していた。
     熱帯のインドネシア語にも春夏秋冬をさす言葉はある。春は「ムシム・ブンガ」(花の季節)、夏は「ムシム・パナス」(暑い季節)、秋は「ムシム・ググール」(落葉の季節)、冬は「ムシム・ディギン」(寒い季節)というが、実際にはインドネシアには「ムシム・クマロウ」(乾季)と「ムシム・ウジャン」(雨季)の2つしかない。デンパサールの気温は1年中最高が摂氏30度、最低が23度ほどである。米は年に3度とれ、同じ時期にある田では田植えをし、ある田では稲刈りをし、ある田は青々と稲が育っている。デンパサールでは季節の移ろいは風景からは感じにくいが、それでも、10月には乾季から雨季にかわり、雨季が3月いっぱいまでつづく。湿潤な熱帯だから年中湿度は高い。鷹石里志は時々デンパサールから日本に一時帰国するのだが、あるとき、愛用のニコンF3を分解掃除に出したところ、どうしました、水中に落としました、とたずねられた。乾季も雨季も同じように湿度は高いのだが、それでも、乾季の朝夕には、なんとなく空気がさらっと感じられるのである。
    1998年10月26日朝、鷹石はデンパサールの『バリ・ポスト』で興味深い記事を読んだ。鷹石の目にとまった新聞の記事は次のような内容だった。
     国軍憲兵隊が10月24日、国防治安省局長の故アンワル・ルクマン少将のジャカルタの私邸に大量の武器が隠匿されているのを発見した。発見された武器は小銃93丁、拳銃32丁、実弾約2万発、手榴弾10個、野戦用双眼鏡20個などだった。アンワル・ユスフ将軍は6月18日、出張先のバリのホテルで心臓発作を起こし、デンパサールの陸軍病院に運ばれたがすでに死亡していた。軍の将官が在職中に死亡したり、あるいは退職したりした場合、軍の機密保持のためその自宅を検査する決まりになっている。その検査で大量の武器が見つかった。アンワル・ルクマン将軍は以前、陸軍戦略予備軍で武器調達の責任者を務めていたことがある。そのころから武器収集の個人的趣味がつのり、武器を自宅に持ち帰っていたのであろうと、軍高官は説明している。
    ホホウ、とつぶやいて鷹石は電話を置いてある小テーブルへ行き、バリ州警察本部特捜課のグスティ・アグン・ライ警視に電話した。
    「アンワル・ユスフ将軍の家から鉄砲がわんさと出たというニュースを知っているかい」
    「ああ、新聞で読んだ。テレビでも見た」
    「あのアンワル・ユスフという男は、瀬田誠のジャカルタでのビジネスの事実上の共同経営者だった」
    「なんてこった。くそ、これから会議だ。夕方、帰りにあんたの家に寄る。テンペでもごちそうしてくれ。アンワル・ユスフ将軍が相棒だったとはね。夕方6時までにはそこに行く」
     雨季の初めの、まだおとなしいスコールがあがったころに、ライ警視が愛用のキジャンをきしませながら鷹石の家にやってきた。
    「さあ、お聞かせ願おうか」
    鷹石の家のリビングルームに入るやいなや、ライ警視はどすんと椅子に座った。テーブルの上のグラスの冷水を一気に飲み干した。
    「5月の終りにジャカルタに行ったとき、友人の友人で、瀬田の会社で番頭役をしている日本人にあったんだ。彼が言うには、瀬田の会社の名義上の共同経営者はアンワル・ユスフ将軍の手下になっているが、事実上の共同経営者は将軍その人で、スハルト大統領に近かった将軍がライセンスを回してもらい、日本へ輸出するエビのブローカー業をやっていた。実際の業務はインドネシアと日本の水産貿易会社がやる。瀬田とユスフの会社はその中間にあって、輸出手続き代行の既得権を得て、無手勝流のおいしい商売をしてきた」
    「ああ、インドネシアではよく使われるビジネス手法だ。アリババ方式というやつだね。プリブミの有力者と中国系インドネシア人の資本結びついた商売だが、日本人と結びついてもアリババのようなもんだ」
    警視が感想を述べた。
    「あの武器は何のために隠匿されていたのだろうか。地方で争乱が起きるたびに、インドネシア国軍の関与が取りざたされてきた。ああいう形で、将軍が個人的に隠匿した武器が、軍が密かにその手先に使っているならず者の民兵組織へ流れているようだね」
    「アンワル・ユスフ将軍は出張と称してヌサ・ドゥアの超高級ホテルに宿泊して女と戯れているうちに心臓発作を起こしたということだ。陸軍病院に運ばれたときはすでに死んでいた。それをきっかけに大量の武器弾薬のコレクションが見つかった。ひょうたんから駒だ。警察でささやかれている情報では、アンワル・ユスフ将軍は陸軍強硬派の有力者で、やがては陸軍参謀長ともうわさされていた人物だ。ハビビ政権になって軍の改革が求められている。アンワルの死を機会に、アンワルのスキャンダルを暴き、アンワルにつながる将軍たちを軍の中枢から追い出そうとしている勢力もあるのではないかという深読みの説もあった。バリの田舎警察の捜査官には縁のない大政治問題はさておき、将軍が何のために銃器をためこんでいたか? 面白い問題だが、軍はだんまりを続けるだろう」
    「現役の将軍が大量の武器を隠匿していたんだ。そのうちの1丁を商売仲間にやるくらいのことはなんでなかっただろうよ」
    鷹石が言った。
    「そうするとだね、タカシ。瀬田は妻が死ねば遺産が何十億と転がり込んでくる。だが、殺すのは早すぎる。殺すならもっと遺産の額が増えてからだ。たしか、あんたはそう言ったね。こういう状況はどうだ。妻が別居先のバリで性的に放埒な生活をしていることを夫の瀬田誠は知っていた。瀬田沙代はそのことをダルマワン、チャンドラ、スハルトノに隠そうとはせず、むしろおもしろがって話していた節があったから、同じことを夫にもおもしろがってしゃべっていたかも知れない。そして瀬田誠の手元にはアンワル・ユスフ将軍からもらった消音器付ブローニングがあった。ままよ、沙代の両親が死んで、沙代の資産が増えるまでまたず、いま殺してしまえ。瀬田誠がそう決心したとは考えられないか」
    「考えられないことはない。人を殺すために拳銃を捜したやつもいれば、拳銃がそこにあったから人を殺す気になったやつもいる。瀬田が拳銃を持っていて、妻の男関係に怒っていれば、殺すことはあり得るだろう。だが、警視、瀬田沙代死亡の連絡が東京の外務省から沙代の両親にあり、彼らがそれを瀬田に連絡した時、瀬田誠はメキシコシティにいたんだ。メキシコシティで拳銃を撃っても、デンパサールまで弾はとどかない」
    鷹石はじっとライ警視の顔を見た。鷹石はさらに、
    「警察があの事件はスハルトノの自殺で決着を付けている以上、その決定の中心にいたご本人のあんたが話をむしかえすのはむずかしいんじゃないのか」
    とライ警視に語りかけた。
    「難しいというより、無理な話だ。だがね、私は以前から、ひっかかるものを感じていたんだ。スハルトノの自殺にはいくつか奇妙な点があったが、私が不自然だと思うのは、自殺することになった日の朝、出がけに妻に晩飯の注文をしていたことだ。それでいて、スハルトノがタマン・サリで勤務していたその日の午前中には、スハルトノを自殺に追いたてるような出来事は何もなかった。事件の公式的な再捜査は無理だが、個人的に調べてみる値打ちはあるだろう」
    「ハードルは高そうだな。動機は遺産、嫉妬、憎しみで十分だが、瀬田誠の沙代にたいする嫉妬と憎しみについては、なお説得力のある説明が必要だろう」
    「おおせの通りだ。瀬田沙代のクレジットカードを調べたら、4月9日から10日にかけてデンパサール・ジャカルタ間を往復する航空券を買っていた。ジャカルタではマンダリン・オリエンタルへの支払いがあった。私は沙代が夫に会いに行ったのではないかと想像する。この点はジャカルタで確かめなければならないが、もしそうだとすれば、ちょっと変だ。サトシ、あんたから聞いた話だと瀬田誠はジャカルタ市内に高級アパートメントを借りていたそうじゃないか。沙代はなぜ夫のアパートメントに泊まらないで、ホテルに泊まったのだろうか。妙だよね。離婚経験者のサトシのコメントを聞きたいものだね」
    「妻が夫を拒否したか。夫が妻を拒否したか。双方が双方を拒否したか。いずれにせよ。あの夫婦はお互いに相手に愛情を感じられなくなっていた可能性がある。だから、沙代の両親も、沙代と瀬田誠の夫婦としては変則的な生活スタイルについて語ろうとしなかった。もちろん、そのことは事件とは関係なかろうと思っていたわれわれの方にも遠慮があって、話題にしなかったのだが」
    「そこでこれまた想像だが、4月9日に2人は離婚のことで会ったのではないか。沙代が瀬田誠に離婚を求めた。離婚すれば慰謝料は出るだろうが、沙代の遺産に比べれば知れたものだ。おそらくこのとき、瀬田誠は沙代を殺そうと決心した」
    「おいおい、ライ警視。それは想像の翼を広げすぎだよ」
    「わかっているよ。もちろんわかっている。私が言いたいのは、瀬田誠には瀬田沙代を殺す動機がないわけではないということだ。小説ならこの動機をめぐって表現される人間の業や愚かさ、あるいは崇高さといった話が泣かせどころなのだろうが、私は警官だ。必要なのは犯罪の現場に、まさにそのときその人物がいたという証拠だけだ。動機をめぐるお話は犯人を捕まえたあとで、たっぷり時間をかけて聞き出せばよい。いまは、殺意を抱くに十分な動機を持つ可能性があるという推定だけで十分だ」
    「ライ警視。そういうことであれば、5月14日の午前、瀬田誠がメキシコではなくてデンパサールにいたという証明をしなければならんだろうね。警視、あんた瀬田誠のパスポーを調べただろ。5月14日前後、瀬田誠はインドネシアに入国していたかい」
    「いや、入国していなかった。瀬田誠のインドネシア入出国のスタンプは4月中に入出国1回と、事件後の5月18日入国だけだった」
    「健闘を祈る」
    高石がi言った。
     そのとき部屋の外からお手伝いのスチの声がした。
    「夕食の支度ができていますが」
     食事室に入ったライ警視がこげ茶色に光る豚の肉片をみつけた。
    「ワー、これはすごいテンペだ」
    「この近くのバビ・グリンのワルンでスチが買ってきてくれた。あんたの家の自家製のやつほどうまくないかもしれんが、まあ、食べてみてくれ」
    「ライ警視はテーブルの上のおしぼりで手を拭き、バビ・グリンの肉片を手づかみにしてほおばった。口をもぐもぐさせながら、
    「来月中旬、ジャカルタへ出張する予定だ。研修だ。『刑事捜査と被疑者の人権』というテーマで、人権先進国のヨーロッパから先生がやってきて、いろいろ教えてくれるんだ。おれはスハルトとはひと味違うんだというところを見せようと、がんばっているハビビ大統領からのプレゼントだ。それで、ジャカルタに行ったついでに、あんたの友達の友達という瀬田誠の会社で働いている人に会いたいと思う。紹介してくれるか」
    ライ警視が言った。
    「いいとも。その人はインドネシア語を流ちょうにしゃべるから通訳はいらないよ。スケジュールがきまったら、早めに知らせてくれ。面会の約束をとっておこう」

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