<<  『ぺトルス――謎のガンマン』      第1回  | main | 『ペトルス――謎のガンマン』  第3回 >>
2018.05.13 Sunday

『ペトルス――謎のガンマン』     第2回

0

     

    5月17日夕、サヌール・ビーチ


     バリ島はジャワ島のすぐ東に位置する。バリ島とジャワ島を隔てるバリ海峡のもっとも狭い部分は幅2キロほどだ。島は菱餅を左右に引っ張ってのばしたような、ゆがんだ形をしている。島の南側の突起部分がくびれ、その先にしずく状の小さな半島がぶら下がっている。島の面積は5500平方キロで日本の愛媛県程度の広さだ。人口は300万弱。こちらは愛媛県の人口の2倍近い。バリ島南部のこのくびれの部分にングラ・ライ国際空港が位置している。ジャカルタのスカルノ・ハッタ国際空港、スラバヤのジュアンダ国際空港に次いで、インドネシアで3番目に利用客が多い空港だ。
     5月17日夕刻、ングラ・ライ国際空港の出発ロビーは混雑していたが、到着ロビーは閑散としたものだった。普段なら家族や知人を迎えに来た人たち、団体ツアー客を出迎える旅行会社の社員、ホテルの客引き、ヤミのタクシー・ドライバーたちが、税関エリアを抜けてロビーに現れる到着客を熱いまなざしで見つめる。だが、このところのインドネシア動乱で、どの国の政府もインドネシアからの退去とインドネシアへの渡航を思いとどまるよう自国民にアドバイスしている。したがって、バリへの到着客は激減、それにあわせて出迎えの人影もまばらになった。
     駐スラバヤ日本総領事館デンパサール駐在官事務所の領事久保田尚は「倉田伸生・伊津子様」と書いたボードを掲げた事務所の職員と2人で瀬田沙代の両親を待った。邦人援護が領事の重要業務のひとつであり、とくに海外で命を落とすことになった人の家族への対応は慎重な配慮を必要とする仕事だった。
     この時間帯に東京からの便と前後して、シンガポールかオーストラリアからの便が到着したのだろうか。白シャツを着て紺のジャケットを左腕に抱え、右手にブリーフケースをさげた若い白人の男や、ジーンズにTシャツのこれも白人の男女があらわれた。その後ろを日本人風の中年の男と白髪の老夫婦が続いた。いつもなら見かけるはずのお気楽を絵に描いたような表情の日本の若者の姿はなかった。日本人風の中年の男が数少ないボードの中から「倉田」の名前を見つけ、緊張した表情で久保田に近寄って来た。
    「領事館の方ですか」
    「駐在官事務所の久保田です」
     老夫婦もそばにやってきた。
    「倉田伸生です。こちらは妻の伊津子。それからお供をお願いした和田俊夫君です」
    「領事の久保田尚です。長旅お疲れ様でした。このたびのお嬢さまのご不幸をお悔やみ申し上げます」
    「どうも、娘のことでお手数をおかけして恐縮です」
    倉田がしっかりとした声で応じた。妻の伊津子はだまったままで深々と久保田にお辞儀をした。和田もそのお辞儀につきあった。
    「ホテルはサヌール・ビーチにおとりになったと本省から連絡をうけていますが……」
    「サヌール・ビーチのバリ・ハイアットです。旅行代理店で航空券を手配したさい、いっしょに予約してもらいました。空港からもデンパサールの町からもそう遠くなく、それでいて静かな海岸にあるホテルだといっておりました。私はこれからホテルまでのリムジンの手配に行きたいのですが、リムジンのデスクはどのあたりかご存知でしょうか」
    倉田に代わって和田が久保田に尋ねた。久保田がその場所を教えると和田は急ぎ足でそこへ向かった。
    「倉田さん、まずはバリ・ハイアットへ行って落ち着かれてはいかがですか。そのあとで明日の打ち合わせを始めましょう」
    「そうですね。よろしくおねがいします」
    倉田が言った。
     倉田は紺のポロシャツに仕立てのよい白の夏のスーツを、背筋をしゃんと伸ばして姿勢よく着こなしていた。つやつやとした白髪と歳のわりには力を感じさせる眼ときりっとした口もと、そしてすっきりしたあごの線――倉田は一言で言えばダンディーな金持の年寄りと見受けられた。妻もコバルトブルーの夏のパンツスーツに、藤色のブラウスを上品に着こなしていた。そうか、殺された瀬田沙代はこういう家のご令嬢だったのか、と久保田は思った。そのご令嬢がどうしてまた、デンパサールの路上で横死するはめになったのだろうか。
     和田がリムジンの乗り場まで小型のスーツケース3個を積んだトロリーを押して行った。運転手がそれを引き取ってリムジンのトランクに放り込んだ。
    「さすが熱帯ですな。蒸しますね。和田君、上着を脱いで、ネクタイも取ったらどうかね」
    倉田が短く言って、妻を後部シートに乗せ、続いて自分も乗り込んだ。律儀なスーツ姿の和田がそのドアを閉めてから助手席に乗り込んだ。
    「スラマット・シーアン(こんにちは)」
    運転手が柔らかな口調で迎えた。
    「バリ・ハイアット」
    和田が英語の発音で告げた。
    「イエス・サー」
    運転手が英語で答えた。
     サヌール・ビーチは空港から東北の方向、デンパサールの市街は北の方角だ。空港からサヌール・ビーチまでは、道路の状況しだいだが車で30分弱だが、サヌール・ビーチからデンパサール市街中心部までは10分ぐらいの距離だ。
    この夕方は道路がすいていたので、バリ・ハイアットまで20分少々で到着した。
     倉田たち3人がチェックインをすませたあと、久保田が彼らに言った。
    「お部屋でシャワーでも浴びて、夕食でも召し上がって、おくつろぎください。私は事務所に帰って残った仕事を片付けてから、またこのホテルにもどってきます」
    「本来なら私たちが久保田さんを事務所にお訪ねするべきだとは思うのですが、こういう状況でのつらい長旅です。さすがに疲れました。歳に免じてご好意に甘えさせていただきましょう」
    「ご心配なく。私はこの近くのサヌール・ビーチ・ホテルのレジデンスを自宅に使っています。ご近所です。いま6時半ですか。遅くとも8時半ごろにはお訪ねできると思います」

     再び久保田がバリ・ハイアットに現れたのは午後8時半すぎだった。倉田と和田は遅まきながら久保田と名刺を交換した。倉田の名刺には「宮城エレクトロニックス株式会社 会長」の肩書がついていた。和田の名刺には同じ会社の役員室長とあった。
    「明日は少々早いのですが、8時半にデンパサールの州警察本部を尋ねて、今回の事件の捜査主任をしているグスティ・アグン・ライ警視と面会することになっています。瀬田沙代さんの捜査で参考になりそうなことについて、警視から質問があるでしょう。また、倉田さんのほうからお尋ねになりたいことがありましたら、何なりとご遠慮なくおたずねください。明日は州警察本部が公式に委嘱している日本人の方が通訳します。鷹石里志さんとおっしゃる方です。日本で大学の先生をなさったあとバリに住み着かれ、デンパサールのウダヤナ大学で日本語の講師もなさっています。私はあす8時にここに立ち寄ります。ところでお車の手配の方は?」
    久保田は和田に向かってたずねた。
    「ホテルのリムジンを借りあげるつもりです」
    和田が答えた。
    「では、ここを朝8時すぎに出発しましょう。公式通訳の鷹石さんはデンパサール市内にお住まいなので、警察本部へ直行します。手順としては型どおりに瀬田沙代さんのご遺体を確認していただくことになります。そうそう、手続き上、警察はご遺体の確認をされる倉田さんご夫妻の身元を確認するでしょうから、パスポートをお忘れなく。ご遺体の確認のあとで警視との話し合いになると思います。ご遺体の確認が終わった段階で、私はいったん事務所に引きあげさせていただきます。鷹石さんは、明日は大学で教える予定がないので、必要であれば一日中付き添ってくださるそうです。ご支障がなければ瀬田沙代さんがお住まいだったウブッドへ警視がご案内すると言っています。」
    「沙代の夫の瀬田誠がいま、仕事先のメキシコからバリに向かっているところです」
    倉田が言った。
    「そうでしたか。結婚なさっていらっしゃったのですか。事務所がいただいている瀬田沙代さんの在留届の連絡先には、倉田さんのご住所と電話番号だけしか記載されていなかったものですから」
    久保田が事務的な口調で言った。
    「あの子ったら。なんて子でしょう」
     倉田伊津子が小さくつぶやいたのを久保田は聞き取った。家族内で何か事情があったのだろうか。だが、もしこみ入った家族の問題があったとしても、そのことについてたずねるのは久保田の仕事ではない。それはどちらかといえば殺人事件を捜査するグスティ・アグン・ライ警視の守備範囲だ。
    「瀬田誠はいま仕事でメキシコシティに長期滞在していましてね。沙代のことで外務省から15日夕にに連絡をいただいたあと、私の方からメキシコの瀬田の事務所に電話しました。時差や瀬田がグアダラハラへ出張していたせいで、彼から折り返し電話をもらったのは16日の朝になってからでした。私が沙代の死を告げると、一番早い便を見つけてバリへ飛ぶつもりだと、彼は言いました。バリに到着したら久保田さんの事務所に連絡するよう言っておきましたので、なにぶんよろしくお願いします。明日中には着くのでないかと思いますが。和田君、誠君の部屋をとっておいてくれないか」
    「なにかそちらの方から、私にお尋ねのことはございませんでしょうか」
    久保田が丁重な口調で言った。倉田夫妻からこれといった質問がなかったので、久保田は、では、また明日、お休みなさい、といって帰って行った。

    5月18日午前、遺体安置室


    「ご遺体は瀬田沙代さんですね」
     グスティ・アグン・ライ警視の質問を鷹石が日本語に翻訳した。倉田夫妻は金属製のコンテナに納められた沙代の遺体を見つめていた。
    「娘の沙代です」
    倉田伸生が言った。
    「かわいそうに」
    とため息を添えた。
    「沙代、沙代……」
    倉田伊津子が遺体によびかけ、娘の髪をなでた。
     警視と鷹石は倉田夫妻と少し離れた所にたち、領事の久保田は和田とともにさらに離れたところに立っていた。倉田伊津子の嗚咽が低く聞こえた。倉田伸生はポケットからハンカチを出して涙をぬぐった。
    「娘をこんな風に死なせた犯人をなんとしても捕まえ、裁判にかけてください」
    倉田伸生が声をふるわせた。被害者の両親のこの訴えを鷹石がインドネシア語に翻訳して警視に伝えた。警視の、
    「警察は全力を挙げて犯人を捜し出す決意です」
    という言葉に倉田夫妻は素直にうなずいた。
     警察本部の応接室で倉田夫妻は遺体が娘の瀬田沙代であることを確認したという書類に署名をした。これをもとに遺体ひきとりの手続きが始められる、と警視は2人に説明し、身元確認のために預かった倉田夫妻と和田の3人のパスポートを返した。
    「ご遺体は明日にでもお引き渡しできる予定です。ご遺体をそのまま日本までお運びになられますか。それともバリで荼毘にふされますか。警視がそうたずねています」
    鷹石が倉田夫妻にたずねた。
    「いますぐお答えせねばなりませんか」
    倉田伸生が聞き返した。
    「沙代の夫の瀬田誠がいまメキシコシティからデンパサールへ飛んでいる最中です」
    「ほう、メキシコですか」
    ライ警視が問い返した。
    「ジャカルタで経営している会社を見る一方で、もっか新規の事業でメキシコをとび回っています。瀬田はご両親がウルグアイで仕事をされていたときに生まれて、幼少時代をスペイン語ですごしたものだから、どうも、ラテン・アメリカの方に、インドネシアよりも愛着を感じているようでして。瀬田はおそくとも明日朝までにはこちらに到着するでしょう。遺体をどのようにして運ぶかについては、夫である彼の意見が尊重されてしかるべきでしょう。ご返事は明日ということにしていただけませんか。明日あたり瀬田誠が沙代に会うためにここに来ることになるでしょう。そのさいご返事するということでいかがでしょうか」
    倉田伸生が続けた。
    「もちろん、それで結構です」
    警視がきっぱりとした口調で言った。警視が話を続けた。
    「そこで、事件のあらましですが、瀬田沙代さんは5月14日午前10時すぎ、デンパサール市のスディルマン通りとつながる細い路地で死体になって発見されました。発見したのはウダヤナ大学の学生で、彼は反スハルトのデモに参加していてスハルト支持のならず者たちと治安警備の警察機動隊に追われて路地に逃げ込んでいました。沙代さんの近くでインドネシア人の若者も殺されていました。検死の結果、沙代さんは正面2メートルほどの距離から32口径の拳銃で胸を撃たれ、その場に仰向けに倒れていました。インドネシア人の若者の方は、背後から胸と頭を撃たれていました。使われたのは同じ拳銃だとわかりました」
    「奥さん、ご気分がよくないのですか。警視に頼んで、女性の警官に付きそってもらって別室で少しお休みになってはいかがですか」
    鷹石が青ざめて小刻みに震えている倉田伊津子に気がついて言った。
    「伊津子、そうしたら」
    倉田伸生が言った。
     警視が女性の警官を呼び、彼女が倉田伊津子を別室に連れて行った。
    「瀬田沙代さんは、苦しむことのない死でした。14日のデモ騒ぎのなかで何らかの拍子に撃たれたのか。物盗りなのか、あるいは別の事件の巻き添えになったのか。それとも、彼女に怨みを持っていた人物の犯行なのか。いま判断材料を慎重に集めているところです。犯行時間は午前10時よりすこし前と推定されます。デモ騒ぎを警戒してかその路地の周辺には人気がなかったようで、今のところ目撃者は見つかっていません。銃声を聞いたという証言もまだ出てこない状態です」
     警視の説明を翻訳しながら、鷹石はこのとき、倉田の顔にいらだちの表情を見てとった。
    「倉田さん、お尋ねになりたいことがあればいつでもご遠慮なく」
    鷹石が倉田に言った。
    「巻き添え、物盗り、遺恨の三つの可能性のうちで警察がいま、もっとも重視しているのはどの線でしょうか」
    「いまのところ捜査方針を一つに絞るのはかえって今後の捜査の進展を阻害することになるというのが私の考えです。まず可能性を広く考慮し、そののちに、可能性の一つ一つをデータと照らし合わせて検討し、理屈に合わないものを排除して、最終的に犯人にたどりつきたいと考えています。時間がかかりそうな方法ですが、結局、このやり方が真実に近づく最良の方法であることは、経験からわかっています。参考までにおたずねするのですが、瀬田沙代さんから今度の事件と関係のありそうなお話を電話か手紙でお聞きになったことはありませんか。例えば、だれかに脅されているとか、そういったことはありませんでしたか?」
    「妻が時々沙代と電話で話したり、手紙のやり取りをしたりしていたが、事件に関わりのあるような物騒な内容の話はなかったようです。あれば当然私も聞かされていますから」
    「そうでしょうね。捜査の資料にするために、今日の午後、ウブッドへ行って瀬田沙代さんの自宅を調べたいと思っています。肉親の方からご了解をいただき、捜索にも立ち会っていただきたいのです。ご協力願えますか」
    警視の言葉の調子は丁重だった。
    「もちろん協力いたします。妻の様子が心配なのでこれからホテルに連れて帰り、少し休ませましょう。心労に旅の疲れが重なったのでしょう。ところで、午後は何時に警察に来ればよろしいか」
    「午後1時でお願いします」
    警視が言って立ち上がり、倉田と握手した。
    「ウブッドへは私も同行いたします」
    鷹石が言った。
     おつきの和田は終始無言だった。その存在は空気のようで、まるでそこに存在してないかのように思えた。アラジンの魔法のランプのように主人が必要とするときにのみその姿を現す。和田もそうしたよき付き人のひとりなのだろうなと、鷹石はさっと立ち上がって倉田のために会議室のドアを開けた和田のとりすました表情を感心してながめていた。

     

    (つづきは5月20日(日)掲載予定)

     

     

     

    コメント
    コメントする








     
    Calendar
    1234567
    891011121314
    15161718192021
    22232425262728
    293031    
    << July 2018 >>
    Selected Entries
    Archives
    Links
    Profile
    Search this site.
    Others
    Mobile
    qrcode
    Powered by
    30days Album
    無料ブログ作成サービス JUGEM