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2019.05.22 Wednesday

『だまし絵のオダリスク』   第15回

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     列車がアンカラ駅に到着した。風の強い朝だった。槙村は小型の旅行鞄ひとつでアンカラ駅に降り立った。アンカラの鉄道駅は市の中心部からはずれたところにあった。もともとアンカラはイスタンブールにくらべれば小さな田舎町にすぎない。アンカラは田舎町の原野を切り開いて造成されている開発途上の都市だ。不便なうえ気候も厳しい。アンカラの夏は暑く、冬は雪に埋もれる。政務だけのあじけない人工都市だ。
     1923年に成立したトルコ共和国は首都をアンカラに定めた。首都がトルコのイスタンブールからアンカラに移ってからも、各国ともしばらくは大使館をイスタンブールにとどめおいた。大使館のアンカラ移転は1930年代になってからのことで、日本大使館がアンカラからに移転したのも1937年のことだった。
     アンカラの街には一本の大通りがはしり、その名をアタテュルク通りといった。アタテュルク通りの両側にトルコ共和国議事堂、内務省、国防省、外務省をはじめとする政府機関の建物がならんでいた。ドイツ大使館、ソ連大使館、イタリア大使館、ハンガリー大使館、日本大使館、イギリス大使館、フランス大使館、アメリカ合衆国大使館などの外国公館もアタテュルク大通りに沿って建っていた。街にはまだ気のきいたレストランが少なかった。イギリス、ドイツ、イタリアの外交官や実業家、ジャーナリストたちが同じレストランで隣り合わせのテーブルを占めることもあったが、ヒトラーがヨーロッパで戦争を始めてからは、さすがに戦争当事国の外交官同士はそっぽを向き合っていた。
     19日朝、槙村はアンカラ鉄道駅からタクシーで日本大使館へ直行し、さっそくベルリンで指示を受けていた作業を始めた。

     槙村は今回のトルコ出張にあたってベルリンの大使館付海軍武官の飯島少将からトルコでやるべき作業の指示を受けていた。
     5月9日のことだった。槙村は海軍武官事務所の廊下で「槙村君」と飯島少将に声をかけられた。
    「話したいことがある。君、いま手があいていますか」
    「はい」
    「では、私の執務室へ」
    飯島少将の執務室に入った。飯島少将は例によって単刀直入に話の核心に入っていった。
    「間もなくソフィアに出張ですね。そのあとしばらくの間トルコにも出張してくれませんか。アンカラやイスタンブールでやってもらいたい仕事があります。アンカラの大使館の通信部門の保安態勢の点検です」
    槙村はだまって飯島の顔を見ていた。飯島が槙村の顔をじろりと見て話を続けた。
    「外交電報が盗み読みされている疑いがあるのです。東京と大使館との秘密通信がアメリカ合衆国に漏れていると、ドイツから大島大使に警告があった。大島大使は第三帝国べったりで、日本帝国大使というよりドイツ第三帝国のお仲間のような人だ。だが、それなりにヒトラーに好感をもたれていて、リッペントロープ外相らから重要情報を聞き出して東京に報告している。大島大使が東京に送っているその機密情報がどこかで漏れているのではないかとドイツ側は神経をとがらせているのです」
    「たしかな疑惑なのですね」
    「ああ、どうやらね」
    「それで、漏れているとすれば情報伝達ルートのどのあたりからと、見当がついているのでしょうか。情報漏れの場所はベルリンなのか、東京なのか、それともワシントンなのか。あるいは世界のどこかの大使館、あるいは領事館の通信室なのか。ひょっとして、日本の暗号通信が傍受・解読されているという致命的な原因によるものなのか」
    「そのあたりはまださだかではなくてね。ともあれ各大使館の通信室の保安管理についてあらためて点検するよう東京から指示があった。槙村君、ドイツ進攻後のバルカン情勢視察に出かけるついでに、アンカラの大使館で通信保安管理について調べてもらえないだろうか。駐ドイツ海軍武官府がアンカラの大使館の機密保持について調査するというのは違例のことだ。だが、アンカラのほうでも、大使館独自に機密保持体制の点検を進めており、もし君が外部からの目でダメ押しをしてくれるのであればありがたい、と言っている。君がアンカラに出かけることについては、もちろん駐トルコ大使やあちらの武官からも了解をもらっている。海軍武官用の暗号が解読されているという情報はまだないが、こちらの方も、外交電報漏洩についてのトルコの外交筋の噂ともども、気にとめておいていただけるとありがたい」
    「承知しました。できる限りのことはやります」
    槙村は真面目な表情で答えた。
    「ドイツ政府やドイツ国防情報部などに、君の出張について便宜をはかってくれるよう頼んでいる。先ごろ君の甥ごさん、田川君でしたな、イスタンブールで不慮の死をとげられたが、また事件の真相は解明されていないと聞いています。今回のトルコでの任務は暗号に関わる事柄なので、内密にしておきたい。そこで表向きは甥ごさんの死についてのイスタンブール警察の捜査のその後を知るためにトルコを訪れたということにしておいてください。イスタンブールではドイツ、イギリス、ソ連が熾烈な諜報線を展開していると聞いている。トルコで旅行の目的に関連して君に接近してくる人物がいるかもしれない。注意深い目配りと対応をお願いしておく。外交電報漏洩について何か手がかりになる情報がつかめるかもしれない」
    飯島少将が念押しした。

     槙村は5月19日の午前中から大使館で通信保安関係の点検作業を始めた。大使館の通信室には通常の外交通信用の電信機が1台と、通信室の奥に施錠した別室があってそこに九七式欧文印字機とよばれる暗号機が備え付けられていた。機密度の高い通信はこの暗号装置を使っていた。
     外務省は海軍用に開発された暗号機に変更を加えて使用していた。海軍用はカタカナ印字、外務省用はアルファベット印字だった。九七式印字機は九一式印字機の後継機だった。1931年に九一式印字機が完成した。1931年が皇紀二五九一年だったことから九一式と名付けられた。後継機の九七式は1937年(皇紀二五九七年)に完成した。外務省用は暗号機B型と呼ばれた。外務省と同じ九七式欧文印字機が海軍武官用に使われていた。もちろん、一方の暗号が解読されても、残る一方の暗号は解読されないように、内部の暗号化メカニズムは変更されていた。
     暗号機の置いてある別室、つまり暗号通信室は常に施錠されていて、通信担当の二等書記官が1個、総務担当の一等書記官が1個をそれぞれの金庫で保管していた。また、暗号通信室の使用については使用簿に使用者、通信依頼者名、それに使用時間が記録されることになっていた。通常、使用者は通信室の通信担当員だが、機密の高いものは担当の館員が直接自分で暗号機を操作することもあった。
     暗号室に出入りできるものは日本人の館員に限られていた。また、東京や他の大使館から受信した電報は暗号電報をふくめ、通信担当の二等書記官が総務担当の一等書記官にわたし、そこから担当部署に配布されることになっていた。
    槙村は総務担当の一等書記官が中心になってまとめた館内保安調書を読んだ。保安調書は大使館員から外部に機密情報が漏れていることはありえないと結論していた。大使館のトルコ人現地雇員の身元調査からも疑惑につながるような点はうかがえなかった。大使をはじめとする大使館幹部は、大使館関係者からの情報漏れは絶対にありえないと断言していた。この大使館から情報が漏れていたことはありえない、と槙村も感じた。
     

     

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