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2019.10.05 Saturday

『だまし絵のオダリスク』     第23回

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     槙村はその日の夜、ボスポラス・サライへ行った。そこはバーというよりは酒も飲め、食事もでき、ショーもあり、ダンスもでき、ご婦人連れでもよし、男性だけの場合はバーお抱えの女性がご機嫌をうかがってくれるナイトクラブのような店だった。イスティクラル通りから横道に折れてすぐのところにあった。午後10時。店がもっともにぎわう時間帯だった。
    ピアノを中心にした小さな楽団がヨゼフ・リクスナーの『碧空』を演奏していた。数年前、東京でもずいぶん流行ったドイツ製のタンゴだった。店の中央のフロアで数組の男女が踊っていた。
        槙村の姿を見たウェイターが近寄ってきた。
    「お一人ですか」
    ウェイターが言った。
    「ハーミアさんに会いたいのだが。私はマキムラ中佐だ」
    槙村が答えた。
    「少々お待ちください」
    バーのカウンター席はほとんどがうまっていた。テーブル席もその八割方がうまっていた。槙村はハーミアが現れるまでの10分間ほど、テーブル席でウィスキーを飲みながら待った。店内の薄暗がりのどこかからじっと槙村の振る舞いを見つめている視線の気配を感じて、槙村はつい彼の背後をふりむいた。それらしき人物は見あたらなかった。田川のことで、これだけおおっぴらにイスタンブールの諜報戦についてかぎまわっているのだから、警戒したスパイたちが槙村を監視下においてもおかしくない。槙村がそう考えたとき、
    「こんばんは」
    イブニングドレスを着た若い女が立っていた。
     槙村は立ち上がって笑顔で返事した。
    「こんばんは、ハーミアさん。私は槙村中佐。チチェキさんといっしょに死体で発見された日本大使館員、田川一郎の叔父です。はじめまして。まあ、おかけください」
     照明を落とした店内のテーブルの上のランプの光が椅子に座ったハーミアのこわばった顔を照らし出した。
    「何かおのみになりませんか。ブランデーでもいかがですか」
    槙村がウェイターに合図を送った。
    「チチェキさんとは何年ぐらいお知り合いでしたか」
    「2年ほど前からです」
    「よいお友達でしたか」
    「ええ、心を許せる友人でした」
    「そこでね、ハーミアさん、私が知りたいことは、チチェキさんと私の甥の田川が恋人同士だったのか、それとも仕事のうえでの知り合いだったのかという点です」
    「仕事のうえの知り合いと言う意味がよくわかりませんが」
    ハーミアが問い返してきた。
    「つまり、ピーター・ケーブルという名前のイギリス人を挟んで、チチェキさんと田川がいっしょになって何か同じ目的で働いていた、というような意味なのですが」
    「それはもう、間違いなく二人は恋人同士でした。三人がいっしょになにか同じ目的で働いていたという話は聞いたことがありません。チチェキと私は姉妹のように仲良しでしたから、思っていることを率直に話しあってきました。チチェキは田川さんとの将来を私に語ったことがあります。私に意見を求めました。田川さんの国である日本へ渡るべきか、田川さんにイスタンブールで暮らしてくれるよう頼んだほうがいいのか、と。こういう時代ですから、イスタンブールに住んでも、東京に住んでも、戦争の恐ろしい影はついてまわります。ですが、私はチチェキに、田川さんにお願いして、イスタンブールに住んだほうがいいわよ、と言ったのです」
    「それはいつごろのことでしたか」
    「チチェキと田川さんが死ぬことになる4ヵ月ほど前のことだったと記憶しています」
    「では、昨年の暮れごろですね」
    「そうです」
    「それでチチェキさんはあなたのアドバイスをどのように受けとめられたのですか」
    「チチェキは私にこう言いました――わたしもそうできれば一番良いと思っているのだけれど。でも彼は気が進まないようなの。彼は仕事と収入を失うことになるし、日本人がここできちんとした仕事を見つけるのはなかなか難しいだろうと、田川さんが言った。そう私に聞かせてくれました」
    ハーミアは白い両手でブランデー・グラスを包みこみかすかに揺らせていた。
    「それで?」
    「それで、チチェキがわたしに言ったのです。まとまったお金が手にはいればそれを元手にイスタンブールに住み、二人で事業を始められるのだけれど、と。うらやましい、とわたしは思いました。ふたりはお金の工面さえつけば、イスタンブールで仲良く暮らせるわけです。お金がなくても、きっと幸せに暮らせたはずです」
    「ハーミアさんは田川にもお会いになったのですか」
    「もちろんですわ。幸せいっぱいのチチェキは田川さんをわたしに紹介しないでいられなかったのでしょうね。パーク・ホテルのレストランに行って三人で食事したことがあります。あれは昨年の11月はじめの寒い夜のことでしたわ」
    ハーミアが話を続けた。
    「私は田川さんを愛したチチェキを憎み、チチェキを奪った田川さんを恨んだピーター・ケーブルの仕業だと思っています。チチェキはユダヤ系の血を引いていますから、ドイツから迫害を受けているユダヤ系のヨーロッパ人をイスタンブール経由でパレスティナに送り込む救援組織の活動を手伝っていました。ユダヤ人がパレスティナに移住してくることについてはパレスティナのアラブ人の間に強い反対があります。彼らはイギリスにユダヤ人の移住を厳しく制限するようを求めています。イギリス側もアラブ人がユダヤ人移住問題で不満をつのらせることをおそれています。不満が爆発してアラブの支持がイギリスからドイツに移ると大変ですから。そんなことから、ユダヤ人難民をイスタンブールからパレスティナに送る活動も難しくなってきています。救援組織の活動にはどうしてもイギリスの助力が必要で、ピーターがその口利きをしていたようです。その縁でチチェキはピーターと一度は親しくなったのです。ですが、田川さんと知り合ってからは彼女の気持に変化が出てきたようです。わたしはドイツ系ハンガリー人ですが、ドイツ人をはじめとするヨーロッパ人はわたしをハンガリー人である以上にジプシーだと見ています。わたしの親がハンガリーのジプシー集落に住んでいたからです。チチェキはドイツ人からトルコ人である以上にユダヤ人だとみなされていました。田川さんにはそうした視線はありませんでした。あのかたはとっても上品なあたたかい人でした。チチェキが好きになったのも当然です」
    「どうもありがとう。二人は愛しあっていたのですね。あなたからそのことが聞けて本当によかった」
    槙村はハーミアに丁重な礼を言った。だが、田川とチチェキがまとまった金を欲しがっていたことが槙村の気持を重くした。チチェキの母親も、チチェキがまとまった金を残していくと約束したと言っていた。まさかとは思うが、田川が金とひきかえに情報を売るということも、一応記憶に留めておく必要がありそうだと槙村は感じた。

     

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