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2019.10.14 Monday

『だまし絵のオダリスク』    第24回

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     槙村がボスポラス・サライでハーミアと会っている間に、イスタンブール大学のスタイナウアー教授からパーク・ホテルに電話があったらしい。槙村はホテルのレセプションでメッセージを渡された。会って話したいことがあるので28日水曜日の午前中に大学までご足労ねがえないだろうかと書かれていた。
     28日午前中、槙村はイスタンブールの旧日本大使館庁舎でアンカラの日本大使館あての手紙を書かねばならなかった。田川一郎三等書記官の死に関する現地警察の捜査状況や、槙村自身がイスタンブールやアンカラで聞き取り調査した内容のあらましを駐トルコ大使あてに報告する作業だった。
     槙村は午前9時ごろスタイナウアー教授に電話をかけ、面会を午後にしていただけないだろうかとたのんだ。それでは午後は知人をたずねて考古学博物館に行っているので、そちらの方へご足労願えないか、とスタイナウアー教授が言った。
    「館内に有名なアレキサンダーの石棺が展示してあります。午後3時にその前でお待ちしています」
    オスマン帝国は16世紀のシュレイマン1世の時代に最盛期を迎えた。オスマン朝はバルカン半島を版図に加えて神聖ローマ帝国と国境を接した。地中海沿いの北アフリカに版図を拡大した。黒海の北でロシアと接し、カスピ海でペルシャに接した。だが、あらゆる帝国がそうであったように、その後ゆっくりと衰退を始めた。かわって近代化で力をつけたイギリスをはじめとするヨーロッパの列強が、衰退の道をたどるオスマン・トルコからその支配地を掠め取る番だった。
     イスタンブールの考古学博物館はそうしたオスマン帝国の黄昏期にトプカプ宮殿の庭園のかたわらにつくられた。帝国の衰退は近代化という点で西洋に遅れをとったのが原因であり、オスマン帝国も西洋風の近代化をしなければならぬ、という遅まきながらの近代化政策の一環としての博物館だった。
     さすがに一度は地中海をとりまく地域の相当部分を属領にしていただけあって、イスタンブールの考古学博物館には、メソポタミアやエジプトなど古代オリエントに始まり、古代ギリシャからヘレニズム時代、ローマ帝国時代にいたる珍しい展示物が多くある。
    なかでも逸品といわれているものの一つがアレキサンダーの石棺だ。白色大理石で造られた巨大な石の棺だが、実際にアレキサンダーの遺骸をおさめたわけではない。だが、造りは華麗にして荘重で、もちろんお棺であるからそれなりの妖気もただよってくるのだ。
     博物館特有の照度を落とした展示室の重く沈んだ空気の中に、長身痩躯のスタイナウアー教授が鶴のように立っていた。
    「槙村さんがこういうものに興味をお持ちだとよろしいのですが」
    「ベルリンの博物館島(ムゼウムスインゼル)は私の好きな場所です」
    「それはよかった。アレキサンダーの石棺は1887年に、当時オスマン帝国の帝国博物館長だったオスマン・ハムディ・ベイが、古代フェニキュアの中心都市シドンのネクロポリスで発掘したものです。彼はこのほかにもおびただしい石棺を発掘し、イスタンブールに持ち帰って博物館に収蔵しました。オスマン・ハムディは当初、この石棺をアレキサンダーのものと推定したのですが、あとになって別人の埋葬に使われたものとわかった。白色大理石の棺の四面にアレキサンダーが狩をしている姿や、戦闘の場面が浮き彫りにされているので、いまなおアレキサンダーの石棺とよばれ続けています」
     アレキサンダーの石棺が発掘された19世紀は、文化財強奪の時代でもあった。イギリスのエルギン卿はオスマン・トルコ支配下のアテネのパルテノン神殿からめぼしい大理石彫刻をイギリスに持ち帰り、大英博物館に飾った。オスマン・トルコの威光がかげりをみせるなか、シュリーマンがトロイの遺跡から「プリアモスの黄金」を勝手に国外に持ち出した。弱体化するオスマン帝国支配下のレバノンでフランスが影響力を強め、考古学調査隊をレバノンに派遣し、発掘品を持ち帰ってルーブルに収めた。そうした西洋諸国による考古学資料の持ち出しを「盗み」とみなしたオスマン・ハムディは、1884四年に貴重な考古学資料のオスマン帝国外への持ち出しを禁止する法律をつくらせた。
     つまりこういうことだ。西洋はオスマン帝国をふくむオリエントから文化財を盗み、オリエント圏内にあっては先んじて西洋化の道を歩み始めたオスマン帝国の人々が支配下のアラブ世界から文化財を盗んだ。博物館というのはつまるところ歴史的盗品倉庫のようなものだ。

    「華麗にして重厚なものですね」
    槙村が言った。
    「なかなかの逸品だといわれています。それはさておき、槙村さん。お話があるというのは、田川さんとソ連の接点についてです。田川さんはイスタンブールのソ連領事館のある人物と親密でした。ウリヤノフとよばれていた男です」
    「そのウリヤノフという男と田川はどんな情報のやり取りをしていたのでしょうか。何かお聞きになっていますか」
    「田川さんは、ウリヤノフという外交官にボスポラス海峡問題の資料の入手に協力してもらっている、と私に言いました。そのウリヤノフというソ連外交官は、私が聞いたところでは、ソ連の情報部に関わりのある人物だということでした」
    「スタイナウアー教授、田川があなたにそう言ったのですか」
    槙村が念を押した。
    「ウリヤノフとソ連情報部の関わりについては、田川さんは私に何も話しませんでした。実はそのことは死んだピーター・ケーブルから聞いたのです」
    「これは驚いた。スタイナウアー教授はピーター・ケーブルともお知り合いでしたか。それはそうとして、ピーター・ケーブルは田川とウリヤノフについてどんなことを言ったのでしょうか。詳しくお話願えますでしょうか」
    「イスタンブールでは外国人の世間は思いのほか狭いのですよ、槙村中佐。田川さんをウリヤノフに紹介したのがピーター・ケーブルだったのです。田川さんとピーター・ケーブルがどんな関わりを持っていたのかは、二人が死んでしまった今となっては、手がかりは失われてしまいました。田川さんとチチェキ嬢もピーター・ケーブルを介して会ったのだと思われます」
    「それはたしかなことですね」
    「たしかです。田川さんとチチェキ嬢が死体で発見されたのは3月のことで、そのあとしばらくしてピーター・ケーブルが訪ねてきて、田川さんの研究内容のことや、ソ連外交官らとの接触の様子を私から聞こうとしたのです。そのとき田川さんをウリヤノフに紹介したのがピーター・ケーブルだったと聞かされました。ピーター・ケーブルは田川さんをウリヤノフに紹介し、田川さんがウリヤノフから聞き出したソ連情報を、チチェキを通じて手に入れようとしていたのかもしれません。まあ、これは私の推測にすぎませんが」
    「ところでスタイナウアー教授。あなたは以前からチチェキさんともご面識がおありだったのでしょう?」
    田川の質問にスタイナウアー教授が一瞬どぎまぎした。視線を槙村からそらした。やがてスタイナウアー教授は平静をとりもどして言った。
    「私はナチ政権から逃れてきたユダヤ系ドイツ人です。チチェキ嬢はイスタンブールで育ったユダヤ系のトルコ人でした。ヨーロッパのユダヤ人を迫害から救出する善意の組織にお互い協力していました。それよりも、私が槙村さんにお会いしてぜひ申し上げたかったのは、田川さん、チチェキ、ピーター・ケーブルの三人の死の背後にはなにか不気味な陰が広がっているような気がしたからです。槙村さん、あなたはそのようなものをお感じになりませんか。三人の死の理由を知ろうとなさっているあなたもどうかご用心を。ご用がすみしだいベルリンに引き揚げる方が安全だと申し上げておくべきだと、昨日、ピーター・ケーブルの死を聞いて思ったものですから。イスタンブールでは、殺された人への哀悼は薄く、その人が殺されなければならなかった理由への関心があるのみです」
     しかし、これはアドバイスというよりは脅しのようなものではないか、と槙村は感じた。
     槙村はスタイナウアー教授のアドバイスに感謝するように軽く頭を下げてみせた。
    「それから、これは前回お渡しするのを忘れていたものです。今日お会いすることにしたのは、これをお渡しするためでした」
    スタイナウアー教授が封筒を差し出した。中には「ボスポラス政策での独ソ連携の可能性」とタイトルされたタイプ打ち一〇枚程度の英文草稿があった。
    「田川さんが亡くなる一〇日ほど前、私に預けた英文の研究計画です。田川さんの叔父上であるあなたにお返ししておきましょう。田川さんはお亡くなりになる直前に、ソ連の現代のボスポラス政策に関心を集中していたようです。トルコでイギリスの影響力が増大するよりも、ドイツの影響力が増大する方が自国のボスポラス通峡権の拡大に有利になるとソ連は考えているという仮説を立て、その仮説を証明できる資料を集めていました」
     槙村はスタイナウアー教授に情報提供のお礼を丁重に言って考古学博物館を出て、シルケジ駅の方角へ歩いた。ガラタ橋のたもとに建つイェニ・ジャーミーの裏手にあるチャイハネ(茶屋)で休憩してトルコ紅茶を飲んだ。
     

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