<< 『だまし絵のオダリスク』    第27回 | main | 『だまし絵のオダリスク』   第29回 >>
2019.11.10 Sunday

『だまし絵のオダリスク』    第28回

0


    「ムス・スルタンから聞いたのですが、槙村さんは最近、ギリシャではなく、イタリアへお出かけになって、イギリス軍のターラント奇襲攻撃の現場を視察なさったとか」
    アサノヴィッチが言った。
    「ええ、あれは私のような海軍軍人にとっては非常に興味をそそられる作戦です。これまでの大艦巨砲主義の戦艦同士の一騎打ちから、空と海の戦いに転換した画期的な出来事でした。戦争における航空機の優位性については、アメリカ陸軍のウィリアム・ミッチェル将軍が盛んに唱導してきたもので、日本でも主として駐米武官を経験した軍人たちの中に、このミッチェルの兵学に共鳴する者がいる。それはたしかです。ただいえることは、航空戦力第一主義の兵学思想は日本ではまだ少数派で、態勢作りにしてもまだ研究段階といえるでしょう。それに、航空機による戦術を研究しているのは日本だけではありませんよ」
    槙村が答えた。するとアサノヴィッチがたたみかけてきた。
    「リスボンのイギリス諜報部の幹部が、日本はシンガポール奇襲攻撃の準備をしているのではないかと気をもんでいるという話を耳にしました。彼らが言うには、日本はイタリアやドイツにターラントに関する資料収集のための協力を求めた。どうやら水深の浅いターラント軍港での航空機からの魚雷攻撃のやり方を熱心に研究しているようだ。その調査のために、日本が武官をターラントに派遣した」
    「ははは、それは貴重な情報をありがとうございます。ベルリンに帰ったらさっそくシンガポール奇襲攻撃作戦を検討するよう東京に提案してみましょう。しかし、そもそもシンガポール港に奇襲に値するほどのイギリス艦艇が集結しているのでしょうかね。そのあたりはよく調べてみるだけの値打ちがあると思いますよ。ところで、皆さんはこうした軍事情報の専門家でいらっしゃるのですか」
    槙村が尋ねた。
    「わたしとアフメト・エルキンは貿易商です。マルコ・アサノヴィッチも似たような商売をリスボンでやっています。このたびは輸入商品の選別のためにイスタンブールに来ました。トルコの絨毯を仕入れるのか、あるいは別の商品に目をつけているのか、よくわかりませんが。いずれにせよ、われわれ貿易商人は時の政治動向と無縁ではいられないわけでして。武器商人などはその典型でしょう。つまり、情報というのは諜報員にとってはそれが商品そのものですが、われわれ貿易商人にとっては、それは必ずしも商品ではありませんが、取り扱う商品が利益を生み出すか損失を招くか判断するために不可欠な判断材料でありまして……。それやこれやで、まるでスパイのように国際機密情報について過敏に反応するのですよ」
    ムス・スルタンが落ち着いた低い声で槙村に説明した。それを受けてアフメト・エルキンが口を開いた。
    「いまの時代、外交官だけではなく、鉄道員、船員、貿易商、技術者、新聞記者、亡命者、難民など国境を跨いで移動する人々が、いろんな国の情報機関に目をつけられ、エージェントに仕立てあげられています。哀れな下請け諜報労働者ですよ。われわれが貿易でもうけるために仕入れた情報の中には、情報そのものに値段がつくものがたまにあります。そうした情報を買いたいという組織があれば、われわれは市場原理にもとづいて、偏見なしにいい値段をつけた方に売り渡しています。また、実際の作戦のお手伝いをすることもあります」
    「そうだね。1939年のポーランドの金塊輸送はいい商売になった。槙村中佐、ご存知ですかな。ナチス・ドイツがポーランドに侵攻したのは9月1日でのことで、これが今度の大戦の始まりですが、ドイツがポーランドに侵攻してくる直前に、ポーランドの中央銀行にあった75トンの金塊が銀行のスタッフによって持ち出されました」
    ムス・スルタンが懐かしい思い出を語るような口調で話し始めた。それを受けて、アフメト・エルキンが続きを話し始めた。
    「ポーランド銀行の人たちは、金塊を列車に積み、バスに乗せ、トラックに積みかえて、ルーマニアの黒海に面した港町コンスタンツァへ向かった。ドイツがポーランドに攻めこんだ9月1日、黒海のバクー油田に向かっていたイギリスのタンカー『イーオシーン』に急遽コンスタンツァに入港するよう連絡が入った。港にはイギリスの領事が待っていて、バクーの石油の代わりに、間もなくここに到着することになっているポーランドの75トンの金塊を運びだしてくれとイーオシーン号の船長に頼んだ。船長は気風のいいイギリスの船乗りで、なんて名だったかな」
    アフメト・エルキンがムス・スルタンに言った。
    「ロバート・ブレット。ポーランド中央銀行の人たちは、中央銀行から金塊が輸送されたことを知ったドイツ軍の追跡をなんとか振り切って、9月15日に金塊をコンスタンツァまで運びこんできた。ブレット船長は金塊を積みこむや、船を反転させて黒海をボスポラス海峡へ向かい、海峡を抜けてイスタンブール沖まで無事に金塊を運び出した。イギリスとフランスがトルコと協議したすえ、金塊を陸路でイスタンブールからベイルートまで運び、そこからフランスの軍艦でフランス経由ロンドンに運んだ」
    ムス・スルタンはそういって、ブランデーのグラスを目の高さにあげ、槙村を見て微笑んだ。
    「ロンドンに着いた金塊は、ポーランド亡命政府の資金になりました。金塊をイスタンブールから貨物船でイギリスに輸送する手もあったが、地中海でUボートに攻撃され金塊が海底の黄金になるおそれがあった。それで金塊を列車で陸路シリア経由ベイルートまで送る準備のお手伝いを頼まれたのですが、その報酬は思いのほかよいものでした」
    アフメト・エルキンが話を締めくくった。
    「ところが、最近では、そうした爽快な秘密工作が少なくなり、伝統的なスパイ芸術とは無縁の色仕掛け、脅迫、盗み、といった即物的な手法で目的を達成しようとする傾向が強まっています。彼らの副業も味気なくなってきているのですよ」
    アサノヴィッチが揶揄するような口ぶりで言った。
    「そういうことであれば、冒険ではありませんが、結構な商売のタネをお教えしましょう。ターラントでのイタリア側の失敗は、十分な魚雷防御網をもっていなかったことです。ターラントでは1万3千メートルほどの魚雷防御網が必要だったが、イタリアはその三分の一の4千メートルほどしか設置していなかった。加えてこの魚雷防御網は古いタイプのもので、魚雷が戦艦の側面にあたって作動し爆発する接触型の信管を使ったものには有効だったが、イギリスが開発した戦艦の下で爆発する磁気型信管を使った魚雷には役立たなかった。新型魚雷に対抗できる魚雷防御網をつくれば、これはいい商売になると思います。ご参考までに」
    槙村は3人の諜報業者を揶揄し、彼らの表情をのぞきこむような目つきで言葉をつないだ。
    「ところで、先ほどリスボンのイギリス情報部の幹部が、日本が武官をターラントに派遣したと言っているのを耳にした、とおっしゃいましたが、わたしがターラントへ出向くことがリスボンのイギリス情報部まで伝わっていたことには驚かされました。わたしをターラントで見かけたとおっしゃるムス・スルタンさんがイギリスに連絡なさったのでしょうか」
     三人の男が一瞬息を呑んだ。
    「いやいや、これはわたしの話に説明不足なところがあったようです。イギリスのターラント攻撃は去年11月のことで、私がリスボンで日本が武官を派遣したという話を聞いたのは今年1月上旬でした。したがって、ムス・スルタンがターラントで槙村中佐を見かける以前のことです。イタリアの日本大使館付武官のことではないでしょうか。それにイギリスはことのほか諜報戦を好む国です。ターラントにもエージェントをおいているでしょうし、空中に飛び書く無線通信もアメリカと協力しあって傍受・解読して、盛んに各国の動向をさぐっています」
    アサノヴィッチがごく自然な声で言った。
    「情報戦の最前線にいる奴らは命がけで情報を集めているのだが、集められた情報がどのように利用されているかという点では、愚劣なところなきにしも非ず、でしてね。ヒトラーは情報を検討して戦略を決めるのではなくて、自分の頭にある戦略を支持してくれるような都合のいい情報を優先して受け入れている、とアプヴェールの面々は嘆いているそうです」
     アフメト・アルキンが話を受けた。
    「ヒトラーだけではないさ。日本がソ連極東部への攻撃をすぐさま実行することはないだろう、という情報は、各国の情報部からスターリンに届いているはずだ。また、ドイツがいずれソ連攻撃に踏み切るだろうという警告も、自国の情報機関や英米の情報機関からも受けている。しかし、英米の情報機関はスターリンが情報機関のいうことに耳を貸そうとしないと嘆いている。チャーチルがスターリンに親書を送って、ドイツのソ連攻撃が近いと警告したけれど、スターリンはソ連を対ドイツ戦争に引き込もうとするイギリスの陰謀だと言って無視した。そういう情報があることも聞いている。日本の暗号が解読されている可能性についてはどうなんでしょうね、植村中佐?」
    ムス・スルタンが切り込んできた。
    「大方の暗号は解読されている。第一次世界大戦中のツィンマーマン電報がいい例だ。ドイツの外交通信の暗号がイギリス側に傍受され解読されてしまった事件。この業界でメシを食っている人ならみんな知っている」
     植村が退屈を装って反応した。
    「ああ、メキシコがドイツ側について参戦してくれれば、アメリカ合衆国がそのむかしメキシコから奪ったテキサス、ニューメキシコ、アリゾナの三州をアメリカから奪還してメキシコに与えるという条件で、メキシコに働きかけよという内容の、ドイツ本国からアメリカ大使経由メキシコ大使あての暗号電報でした。「イギリスが解読した暗号電報はアメリカに渡された。アメリカ合衆国政府がこのツィンマーマン電報を公表しので、もともとドイツ潜水艦による船舶無制限撃沈宣言などで高まっていたアメリカ国民の反ドイツ感情がさらにあおり立てられることになった。この暗号解読が、アメリカが連合国側について参戦する要素の一つになった、と本に書かれている」
    ムス・スルタンが調子を合わせた。
    「おっしゃる通りです、ムス・スルタン。ツィンマーマン電報以来、外交電報の傍受と暗号解読はお互い様だ、というのが常識になった。わたし自身は日本の外交電報がアメリカの手によって解読されている可能性は相当高いのではないかと思っている。アメリカによる日本の暗号解読には前例がありましてね。一九二一年から二二年にかけてのワシントン軍縮会議のさい、アメリカは日本の軍縮会議全権代表団と東京の日本政府の間の暗号電報のやりとりを解読していた。つまり、アメリカ側は日本の持ち札を知ったうえで、軍縮会議のテーブルでかけひきをするという有利な立場にあったわけだ。このとき暗号電報を解読したのは、俗にブラック・チェインバーとよばれていたアメリカ陸軍の暗号解読班だった。一〇年後の一九三一年になって、そのときの班長だったハーバート・ヤードレーが、出版した本の中でそのことを暴露した。ところが、ワシントンの日本大使館はどこかで外交電報の内容が外部に漏れた疑いはあるが、どこで、どんな電報が漏れたのかははっきりしない、と結論を出した。彼らは日本の暗号が破られるわけはないと自信満々らしい。情報の機密保持態勢を強化するにとどめただけだ。ツィンマーマン電報事件のときも、ドイツ政府は同じような結論を出した。政府は調査委員会を設けて、電報漏洩の原因を調査させた。調査のすえ、暗号は解読されたのではなく、誰かの手によってアメリカ政府に渡ったのだ、と結論した。日本がいま使っている暗号は解読が難しいものであるのは事実だ。日本政府はそれの暗号は解読不能と自負している。その自負と誇りを維持するために、暗号が解読されているという可能性を探るよりも、情報を持ち出したやつがいるとか、盗み出されたという人的理由をさがす方に、つい力が入ったのだろう」
     植村は長広舌をつかったあと、余計なことを言わなかっただろうかと、言説を反芻し、ムス・スルタンら3 人の表情をさぐった。
     ルマラ海に夜風が出たのだろうか。窓の外の松の枝がざわめく音がした。松籟というには音が少したちすぎた感じだった。そろそろトロツキーの幽霊が出てもいい時刻になっていた。

    コメント
    コメントする








     
    Calendar
    1234567
    891011121314
    15161718192021
    22232425262728
    293031    
    << December 2019 >>
    Selected Entries
    Archives
    Links
    Profile
    Search this site.
    Others
    Mobile
    qrcode
    Powered by
    30days Album
    無料ブログ作成サービス JUGEM