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2020.02.23 Sunday

『だまし絵のオダリスク』   第34回

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    イケメン・メフメトが疲れた表情で椅子から立ち上がって槙村を迎えた。防諜・治安関係の仕事は陰鬱なことが多々ついてまわり、普通の神経の持ち主であれば耐え難いようなこともあるのだろう。非人間的な判断や行動を日常の業務で強いられる仕事は人間の気持を蝕む。

    前日の夕方にホテルのフロントに、「明日午前9時、私のオフィスまでおいで願いたし。イケメン・メフメト」と槙村あての伝言があった。6月3日午前9時ちょうどに槙村はイケメン・メフメトのオフィスをたずねた。

    「イスタンブールを舞台にした諜報戦の概略についてはすでにご説明したはずです。先月末、外国の情報機関の下請けをやっているアルメニア人の組織を手入れしました。といっても統制の取れた組織というわけではなく、情報機関が使い捨てにする、チンピラが寄り集まっただけの暴力組織なのですが。このグループのたまり場になっているのは、ペラ地区の裏通りにある紅灯街の売春バーの一つでしてね。女が街頭に立って客引きをしたり、二階の窓から顔を出したりして呼び込みをするようなところです」

     イケメン・メフメトの説明によると、こういうことだった。

     5月30日金曜日の夜のことだった。三〇歳がらみの西洋人の男がペラ地区の裏町を探索していた。これはいいカモだと狙いをつけたチンピラが男にからんで金をゆすろうとした。西洋の男はチンピラの威勢のいいトルコ語はまったく理解できなかったが、チンピラのあやしげな英語は理解できた。西洋人の男はにやにや笑うばかりで、いっこうにらちがあかない。そこでチンピラはポケットから折りたたみナイフを取り出した。ナイフの刃はおさめたままで、それを自分の首にあて、前後に動かして切るしぐさをしてみせた。

     そのとたん、西洋人の男の硬くにぎりしめた大きな拳がチンピラの顔面に炸裂した。チンピラは一発で路上に倒れ、気を失った。警察がやってきて、チンピラと西洋人の男から事情聴取した。チンピラをなぐった男は元アメリカ合衆国陸軍の軍曹で、アマチュア・ボクシングでは軍内のランキング三位までいった男だった。というわけで、なぐられたほうのチンピラは鼻の骨をおり、歯も二本ほどがグラグラになっていた。

     警察は恐喝未遂容疑でチンピラを逮捕し、病院で応急手当を受けさせた。翌31日朝、チンピラから詳しい調書を取ろうとしているときだった。脹れあがった青黒い顔で、大目に見てくれるのなら面白い話を聞かせてもいいと、チンピラが取調官に言った。取調官はお前たちが面白いといっている話に、本当に面白いものがあったためしがない、と一蹴した。

     するとチンピラは、ピーターなんとかというイギリスの新聞記者が殺された事件が面白くもなんともないというのかい、と取調官に毒づいた。

     取調官はいい加減な話に違いないとは思ったが、大事をとってこのことを警察本部の殺人課に連絡した。連絡を受けた殺人課の刑事は念のためオメル・アシク警部と連絡を取った。オメル・アシク警部が部下の殺人課刑事ともどもこのチンピラから事情聴取を行った。意外なことにチンピラが語った内容には、ひょっとすると本当のことではなかろうかと刑事たちに思わせるところがあった。

     ピーター・ケーブル殺害の直後、警察はアルメニア人の犯罪グループの犯行だという匿名のたれこみを受けていた。事件の直後にはこの手のいい加減な情報がたくさん寄せられる。電話を受けた警官は一応その情報をメモにして上司に提出したが、そのときはまともに検討してみようということにはならなかった。

    そうしたいきさつもあったので、いちおう手入れをしてみるだけの値打ちがあるとふんだオメル・アシクはその日の夕暮れ、三〇人の警官を動員してアジトを包囲した。建物の表口と裏口をそれぞれ一〇人の警官が固め、一〇人がアジトに踏み込んだ。

     場合によっては銃撃、少なくともナイフをふりまわす程度のたちまわりはあるかもしれない、と予想していていたのだが、結果はあっけないものだった。アジトの部屋の中には六人の若者がいた。彼らはびっくり仰天といった表情で、踏み込んだ警官の指示に従って素直に警察署に連行された。

    「アジトを捜索したところ、こんな写真が出てきた」

    イケメンが槙村に一枚の写真を示した。

    写真は横七センチ、縦五センチほどのモノクロ写真の複写で、ピントはあまかったが、ピーター・ケーブルが写っていた。

    「この写真はパーク・ホテルの庭でとられたものだった」

    イケメンが説明した。

    ピーター・ケーブルは椅子にすわりテーブルに両手をおいて、顔をレンズの方向に向けていた。その顔に笑みはなく、しごく真面目な表情をつくっていた。ボスポラス海峡と対岸のユスキュダラの丘陵が背景に写っていた。

    「この写真から何かつかめたのでしょうか」

    槙村が写真から目をあげてイケメンを見つめた。

    「捜索のさいつかまえた六人の男を、いまオメル・アシク警部の部下が絞りあげているところだ。チンピラどもの供述では、この写真はスルクレのジプシーの男から五月中旬に渡されていた。スルクレは旧市街地側のファティフ地区のテオドシウス城壁近くにある、ジプシーが多く住む地区です」

    イスタンブールにはビザンティン時代からジプシーが流入していた。ジプシーはイスタンブールを通って、ギリシャ、バルカン北部、さらには西ヨーロッパのスペインまで広がっていった。スルクレにジプシーが住み始めたのはオスマン・トルコがコンスタンティノープルを征服したあとのことだが、スルクレはジプシーが定住生活を始めたもっとも早い例の一つとされている。

     

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