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2020.03.15 Sunday

『だまし絵のオダリスク』    第36回

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     槙村はイケメンのオフィスを出た。
     イケメンは電話から受話器を取り上げた。電話に出た部下にイケメンが命じた。
    「槙村中佐がこれからスタンブール・ブックスへ行く。槙村の監視と、必要な場合には保護を徹底してくれ。槙村の尾行には槙村と店主のベンの双方に顔を知られてない部員を出してくれないか。そうそう、イギリスの諜報機関も槙村を監視しているらしいので、イギリス側の情報機関に顔を知られていない者を頼む。ところで、ケーブル殺しが槙村中佐の復讐であるという可能性についての警察の捜査はどうなっている……ああ、そう。なるほど。彼の犯行の可能性はないわけだね。3月3日に入国した中国人のこと? 何のことだ、それは? ……うん、思い出した。中華民国のパスポートで入国した男だな。そうか、ロンドンへ行く途中の蒋介石の中国国民党員だったか。わかった。ありがとう」
     

      槙村はグラン・バザールの前で、サハフラル・チャルシュスの位置を地図で確認したうえ、通りがかりの女性に「サハフラル・チャルシュス?」と尋ねた。女性はトルコ語を早口にしゃべりながら、グラン・バザールの入り口を指差し、次に左に折れるしぐさをした。槙村はそのゲートから市場の中に入った。通路を左折してまっすぐ進むと別のゲートがあり、そこから屋根付きバザールの外に出だ。屋外には安物の衣料品を売る屋台がずらっと並んでいた。ここも買い物の人で混雑していた。
    「サハフラル・チャルシュス?」
     槙村の声に露天の男が奥のほうを指差した。人の流れに従って歩き続けた。
    すると、突然、本屋が集まっている一角に出た。サハフラル・チャルシュスの古本屋街だ。目と鼻の先にイスタンブール大学があるので、本の半分は大学生相手の学術書や辞書・辞典類、教科書など。残り半分が、東ローマ帝国やオスマン・トルコについての歴史書、美術書、それに宗教関係の本だ。稀覯本らしいものと骨董品のような品物もあわせて売っている。
     このあたりがイスタンブールの古い出版物センターだった。東ローマ帝国の時代には紙と本の市場があった。オスマン・トルコがコンスタンティノープルを攻略した後、ターバンの市場にかわった。本屋はグラン・バザールの屋根つき部分に店を移していた。だが、18世紀になったころから再び本屋がここに集まり始めた。18世紀の後半からオスマン朝が印刷・出版の制限緩和を行ったことで、19世紀から20世紀のはじめごろまで、ここがイスタンブールの、つまりはトルコの出版文化の中心となった。
     だが、1930年代ごろから出版業の中心が新市街に移りはじめた。同時に新刊書を扱う大手の書店が新市街の、特にイスティクラル通りに開店するようになった。サハフラル・チャルシュスは出版文化の中心から古本バザール街へと姿を変えつつあった。トルコのチャリング・クロスだった。
     しかし、この古本バザールはなんだか心おちつく場所である。小さな構えの店が肩を寄せ合って一見雑然と並んでいるが、それでいてどこかしっとりとした落ち着きがあった。
    白猫が一匹、槙村の足元を抜けてとある本屋の店先へ向かった。店の看板に「スタンブール・ブックス」とあった。
    その店に槙村が向かおうとしたとき、店の中から女が出てきた。
    モニカ・コールだった。槙村はとっさに通りの反対側の書店の中に入って、書棚から本を抜き出してページをめくった。槙村はスタンブール・ブックスの店先に目を凝らした。
     モニカに続いて古本屋からスタイナウアー教授、さらに昨日ドイツ領事館で見かけた小柄で白髪の初老のドイツ人が並んで出て来た。槙村は注意ぶかくあたりに目を凝らした。スタンブール・ブック周辺にはボディーガードと思われるような男女がさりげなく古本あさりを演じていた。
     モニカが緊張した表情でこちらを見た。
     初老のドイツ人は本のような紙包みを小脇に抱えていた。
    「ありがとう、ベン。やはり来てみるものだね。長年探していた本に巡りあえるとは」
    男は英語でそういいながらあいている右手をベンに差し出した。ベンがその手を握り返して言った。
    「お買い上げありがとうございます」
     モニカとスタイナウアー教授、それと初老の男がイスタンブール大学のほうへ通りを抜けて行った。身辺警護の要員らしいドイツ人の男女が姿を消すのをみとどけてから、槙村は身を隠していた書店から通りに出た。
    槙村は急ぎ足でサハフラル・チャルシュスを抜けた。イスタンブール大学前のベヤズト広場へ出た。広場は東ローマ帝国時代からイスタンブールの中心の一つだった。槙村はかたわらのベヤズト寺院に入っていった。
     モスクのなかでは数人の人がお祈りをしていた。窓際の明かりを頼りに、書見台の前に座って部厚い本に読みふけっている若い男の人の姿があった。イスラム学者だろうか。読んでいる本はコーランだろうか。それとも、イスラム神学の研究書だろうか。グラン・バザールの喧騒がよその世界のように感じられる。それは静けさ――気どって静謐という言葉を持ち出したくなるほどだった。
     槙村はモスクの内部の床にべったりと座り込んで、二〇分ほど気持を落ち着かせた。モニカとスタイナウアーとあの初老の男。彼らはベンとどのようなつながりがあるのだろうか。
     十分ほどたってから槙村はモスクを出た。モスクの周りには鳩が群れていた。ベヤズト・ジャーミーはイェニ・ジャーミーと並んで、昔から鳩の多いモスクだといわれてきた。槙村はサハフラル・チャルシュスにもどり、スタンブール・ブックスの店内に入って行った。

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