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2018.06.10 Sunday

『ペトルスー謎のガンマン』    第6回

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    5月22日夕、警視のオフィス


     ワヤン・ブラタ刑事とイ・バグス・マデ刑事がグスティ・アグン・ライ警視の執務室に現れた。2人とも瀬田沙代の殺しを担当している刑事で、ウブッドの聞き込み捜査から帰ってきたところだった。
    「いやあ、疾風怒濤の日々だったね」
     警視が軽口をたたいた。
    「12日のトリサクティ大学の射殺事件からパッ・ハルト(スハルト大統領)の21日の辞任まで、まったく、インドネシアを揺るがした10日間でしたね」
     ワヤン・ブラタ刑事が軽口に乗ってきた。
    「インドネシアを揺るがした10日間か、学のある人は洒落たもの言いをするね」
     警視がニコニコと笑顔で応じた。
    「私らのような下っ端は関係ないでしょうが、今度の揺れで足下が液状化しちまったお偉方は少なくないことでしょうねえ」
     ブラタ刑事がたたみかけた。
    「ここの州知事やウダヤナ師団の司令官などはだいぶストレスがたまっていることでしょう。うちの本部長あたりまで影響が及ぶんでしょうかね」
     イ・バグス・マデ刑事がうれしそうな顔をした。他人の難儀はカモの味というやつだ。
    「さっそくだが、13日から事件のあった14日にかけての、被害者の行動について、まず聞かせてくれないか」
     警視が軽口を切り上げ、仕事の報告を催促した。
    「プリアタンの瀬田沙代の家で働いていたイ・ワヤン・サントソとニ・ニョマン・カデから聞き取りをしました13日は、亭主のワヤン・サントソは、ウブッドの民宿改装の賃仕事に朝7時ごろから出かけていました。瀬田沙代は7時前に起き、外庭のガムランの稽古場に座り込んで瞑想していたそうです。8時には内庭に出してあるテーブルで朝飯を食べました。何を喰ったと思います? 警視」
     ワヤン・ブラタ刑事がからかうような口調で言った。
    「朝飯ならミー(麺)にきまっているだろう」
    「どっこい、BLTというやつで」
    「BLT?」
    「焼いたベーコンとレタスとトマトをロティ(パン)にはさんだやつでさあ。ベーコンはムスリムが食べるような牛のベーコンではなくて、正真正銘のブタの脂肉の燻製。外国人の多いウブッドではスーパーで普通に売ってますよ。それにジャワティーをマグカップに一杯」
    「朝からよくそんなものが食えるな。ほっそりした被害者の遺体から考えると、意外な朝飯だ」
    「ガイシャの朝飯はロティに決まっていたそうです。それから彼女は身支度をして9時前には家を出て、前日の夕方に頼んでおいた車に乗ってデンパサールに下っていったとニョマン・カデは言っています。その車は瀬田沙代がデンパサール市内に出かけるときはいつも使っている、なじみのホテル・タクシーです。運転手は10時前にはインドネシア芸術学院に沙代を送り届けたと言っています」
    「沙代はこの朝上機嫌だったようで、今度泊まりがけでバリの北海岸にドライブに行こうよ、と運転手をからかったそうです。沙代と顔なじみの芸術学院の学生によると、沙代は1時間ほど学生たちが演奏の練習をするのを見学したあと、4人1組で演奏するレヨンに加わって実際に練習したのですが、ちがう、ちがう、と指導教官に何度も怒鳴られていたようです。午後1時ごろ学院のカフェテリアで、友人の学院生とお昼を食べ、そのあと、2時から4時まで、学院の教師からグンデルの奏法の個人指導を受けました。毎月第2と第4の水曜日の2回、この教師から個人指導を受けていたそうです」
    「ちょっと、待った」
     ワヤン・ブラタ刑事の要領のいい説明に警視が割り込んだ。
    「沙代に軽口をたたかれた、その運転手は14日朝どこにいた?」
    「ええ、しっかり調べておきました。運転手は、ビーマというごたいそうな名前の男ですが、14日は朝9時に予約を受けていたオーストラリア人のカップルを滞在先のウブッドのホテルでのせてキンタマニーまで運んだそうです。オーストラリア人は暑苦しいウブッドに辟易して、涼しい高原の風に吹かれたかったのでしょう。客は高原のレストランで昼飯を食い、ビーマの案内であたりを散歩して、夕方4時ごろホテルに帰って来たそうです。客はすでにオーストラリアに帰国していますが、ホテルの従業員が、ビーマがその宿泊客を乗せてホテルを出発し、ホテルに帰ってきたのを見ています」
     プラタ刑事が得々として説明した。
    「行き届いた捜査だ。それと、被害者にグンデルを教えていた教師は、被害者の身辺について何か感想めいたことを言わなかったか」
    「沙代の私生活について、彼はあまり知りませんでした。月2回グンデルを教えるだけの間柄だったようです。指導は4時ごろ終り、沙代はそこからタクシーでタマン・サリ・ホテルに行ってチェックインしました。ホテルで調べたところ、チェックインの時刻は4時20分と記録されていました。沙代はバリからデンパサールに出て来た時の定宿にしてようで、タマン・サリのレセプションのみんなが紗代と顔なじみでした」
    「ホテルに滞在中、沙代が誰かと連絡をとったりしたことはなかったか? 外からの電話はどうだ?」
    「外部からの電話連絡は記録に残っていませんでした。かけてもいないし、かかってもこなかった」
    「それからどうした」
    「ホテルのフロント係によると、沙代は午後6時ごろフロントに来て、ジェネラル・マネジャーに挨拶したいと言ったそうです。ジェネラル・マネジャーのスハルトノがやってきて、2人してロビーでにこやかに話していたそうです。2人は顔見知りで、沙代はタマン・サリに泊まると、時々、スハルトノと食事をともにしていました。それから沙代はフロントに鍵を預けて、タクシーをよんでもらいました。タクシー係がどちらまでとたずねたら、アートセンターだと告げたそうです。沙代をのせたタクシーはホテルのタクシー係のメモから直ぐわかりました。確認したところ、たしかにアートセンターへ行っていました。あの夜はデンパサールのガムラン・グループが演奏会を開いていました」
    「13日は銃撃されて死んだトリサクティ大学生の葬儀にムハマディヤのアミン・ライスや民主党を追われたメガワティ・スカルノプトゥリが参列して、反政府のアジ演説で集会が盛り上がっていた日だ。インドネシア国軍は、スハルトにつくのか、民衆の側につくのか、はっきりしなくてはならない、とジャカルタで反体制指導者が叫び、翌14日には暴動が広がった。そんなときに、デンパサールではガムランをやっていたのか。まったく、のどかなもんだ」
    「なくなった学生を弔う曲も臨時に組み入れていたそうです。そういう趣旨の会でもあったといっていました」
     警視の誤解をワヤン・ブラタ刑事が指摘した。
    「沙代は夜9時ごろタマン・サリにタクシーで帰ってきて、コーヒーショップでビールを飲みながら晩飯を食べました。何を食ったと思います? 警視」
    「ハンバーグか?」
    「はずれ。サテ・カンビンでビールを飲んで、そのあとナシ・チャンプルです。ジャワでナシ・ラメスといっているやつです」
    「あれは手っ取り早くていい。それにごたいそうに飾り立てたホテルのインドネシア料理より味わいが深い」
    「その晩飯のテーブルにスハルトノがつきあっていたそうです。スハルトノはクラブハウス・サンドウィッチをかじりながら、熱い紅茶を飲んだ。調べてみると、スハルトノのサンドウィッチと紅茶は沙代のおごりでした。ちょっと、変な感じがしませんか、警視。デンパサールの高級ホテル、タマン・サリのジェネラル・マネジャーが飲食代を客に払ってもらったりして」
    「客が払うと言っているので、客の顔をたてたのではないのか。あの女、金持ちだったから」
    「それからですね、警視。ホテルのハウスキーピングの従業員の話では、沙代が泊まった部屋はダブルベッドの部屋で、翌日の掃除の時、ベッドやシーツの具合からして、独り寝の様子ではなかったといっております。それと、部屋のミニ・バーからスコッチの小瓶2つとソーダ水が消費され、部屋にはグラスが2つ残っていたそうです。ということは、夜になって、男を密かに招き入れたような気配です」
    「どうして男とわかる。女の可能性だってあるだろ」
    「私はピーンときましたね。スハルトノは沙代とできていた」
    「ワヤン・ブラタ刑事。すごい千里眼だね」
    「ヘッヘッヘ……。いずれ真相がわかってくるでしょう。瀬田沙代は14日の午前9時ごろホテルをチェックアウトし、荷物、といってもリュックひとつですが、それを肩にかけて歩いて通りに出で行ったそうです。沙代の行動がわかっているのはそこまでです」
    「ごくろうさんでした。では、イ・バグス・マデ刑事の話を聞こうか」
    「オジェック乗りのスダルノですが、年齢は26歳。オジェックで小銭を稼ぎ、ビーチをふらついては、バリの青年との一夜にあこがれてやってくる外国女性を捜すのを仕事にしていたようです。この手のビーチボーイは、英語のできるやつはオーストラリア女性、日本語のできるやつは日本女性と守備範囲が決まっている。バリの青年を気取っているが、ジャワやスマトラからの出稼ぎも多い。スダルノを知っているオジェック仲間に聴いてみたのですが、スダルノは日本語が話せなかったと言っていました
    「日本の女が足繁くバリにやってくるようになったは90年代になってからです。その日本の女を目指してインドネシア各地から仕事にあぶれた若者がバリに集まるようになった。やって来る女は旅先の快楽を求め、男は女から金を引き出そうとする。クタ周辺にたむろしているビーチボーイと称する男娼に言わせれば、日本の女は簡単におとせるのだそうです。それはそうでしょうなあ。もともとその気でバリの海岸に来ているのだから。ですが、今のところスダルノと瀬田沙代を結ぶ線は何も見つかっていません」
    「麻薬の線はどうだった」
     警視が聞いた。
    「麻薬情報に詳しいクタの情報源に接触したところでは、スダルノが麻薬の密売に関係していたという情報はまったくありませんでした」
     ブラタ刑事が答えた。
    「そうだろうね。ウブッドに住んで2年にもなる女が、いまさらクタあたりの安手のビーチボーイに用があるはずもなかろう。それに、検視結果では、殺された2人から薬物使用の反応はなかったのだから、麻薬の線をこれ以上追う必要はなかろう」
     ライ警視はそう結論した。
    「これまでに得た情報をもとに考えると、同じ動機で瀬田沙代とスダルノを殺すことは考えにくい。スダルノ殺しを目撃されて沙代を殺した。沙代殺しを目撃されてスダルノを殺した。この2つだな」
    「スダルノを殺したがるようなやつの話はこれまでの聞き込みでは出てこなかった。スダルノをピストルで銃撃するような洒落たやつはクタにはいない」
     ブラタ刑事が力を込めた。
    警視の部屋の窓からみえるデンパサールの空が夕焼けでほんのりオレンジ色になってきた。よく見ると、2人の刑事とも疲れたなあ、そろそろ家に帰って休みたいなあ、という顔つきをしている。
    「今日はこのくらいにしておこう」
     グスティ・アグン・ライ警視が言った。
     

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